第1章:シードアクセラレータープログラムとは



シードアクセラレータープログラム

本書を読まれている皆さんであればすでにご自分のビジネスアイデアが1つや2つはすでにお持ちかもしれません。 あなたはそのアイデアを実現するためにどうしていますか?

ほとんどの方は会社の仕事のかたわら、終業後の時間や週末を利用して市場調査や実際にプロトタイプづくりなどに励んでいると思います。 中にはその状態で人気ビジネスを立ち上げ、投資家から引っ張りだこな人もいるかもしれません。

しかしながら本業の傍らでは時間が限られてしまうため、なんとかして独立に必要な資金を集める時期がくるでしょう。

そのための選択肢としては、自分の貯金を取り崩す以外に「3F(Friends、 Family、and Fools、友人、家族、おばかさん)から資金を調達するのが一般的でした。しかしながら最近は「シードアクセラレータープログラム」という投資プログラムを経てブレークした会社も出てきています。

シード(Seed、種)の文字通り、ビジネスアイデア(あるいはプロトタイプ)を元に投資するのがシードアクセラレータープログラムです。 だいたい6~12%ぐらいの株と引き換えに100~200万円の投資を受けるのですが、シードアクセラレータープログラムの肝は「起業家養成コース」ともいわれる独特なスタイルです。

シードアクセラレータープログラムの多くは数社から数十社といった数の企業に同時期に投資します。 そして投資を受けた企業はプログラムの開催される町に一定期間滞在(3ヶ月が一般的)し、メンタリングや投資家とのネットワーク、はたまた各分野の専門家達を招いての授業を提供してくれるプログラムもあります。

プログラムの最後には多くの場合「デモデー」と呼ばれる発表イベントが開催されます。各チームはその際に自分達のプログラムをお披露目し、投資家からのさらなる投資を募ります。

ポールグレアムとYコンビネーター
こういった形態のプログラムは2005年にYコンビネーターというアメリカの会社が最初に始めたのがはしりです。この会社はポールグレアムという投資家によって設立されました。彼は90年代にviawebという、日本でいう楽天のようなeコマースシステムをつくり、Yahooに売却する事で巨万の富を得ました。その後ベンチャーに関する様々なエッセーを書き、「ハッカーと画家」という書籍にもなっています。その彼が、ベンチャー投資の世界が未だに不透明な手順や、コネや、タフな交渉が必用な非効率な業界であるということに目をつけ、ベンチャー投資工場のようなプログラムを始めました。

Yコンビネーターは年に1~2回、プログラムの参加チームを公募します。

対象はすでに企業として形になっているものもあれば、アイデアやプロトタイプだけのもの。はたまた、アイデアはなくても良い、チームさえ良ければ、という時もあります。当初の応募者は200チームぐらいでしたが、最近ではYコンビネーターから多くの有名企業が輩出されたこともあり2000を超えるチームから応募を受けるまでになりました。それにつれ、採択されるチームも当初の8チームから、数十チームになりました。

世界中の投資プログラム
Yコンビネーターがシードアクセラレーターを初めてから数年経った今では、似たようなプログラムが世界各地に雨後の筍のように出現しています。

各投資プログラムもそれぞれ差異化をアピールしようと懸命ですがだいたいこういったカテゴリーがあります。

- 都心(シリコンバレー、NY、Londonなど)にあって、地元のネットワークをうりにしているもの
- 様々な地域にプログラムが点在しておりグローバルネットワークを売りにしているもの
- ちょっと田舎にあって、「生活費が安いので少ない投資額で長く活動可能」をうりにしているもの
- 「教育」「ファイナンス」などテーマをしぼっているもの

本家本元のYコンビネーターとの違いですが、 少数(大体10チーム程度)にしぼる代わりに、オフィススペースを提供してくれたり、いろいろなトレーニングプログラムを提供してくれたりと手厚くサポートしてくれる場合が多いです。 ただ知名度はYコンビネーターと比べると格段に劣ってしまうので、プログラムの後にどれくらいの会社が投資をうけることができるかどうかは未知数です。

申し込み方法は至って簡単で、ながながとしたビジネスプランの文書は必要なく、色々な質問が書いてあるフォームに記入するだけです。 いわゆる就活のオンライン申し込みみたいなものでしょうか。 そんな詳しい履歴書が必要な訳ではなく質問は以下のようなのが多いです。

- What is your company going to make?(あなたの会社は何をつくりますか?)
- Why is your solution different from others?(なぜあなたのソリューションは他とはちがうのでしょうか?)
- How do you make money?(どのようにして売り上げを上げますか)
- Tell us about something cool/proud of you have built in the past.(あなたが過去に作ったなにかクールな、自慢できるものについて教えて下さい)

就活フォームとの違いですがチームの紹介をビデオにとってYoutubeに載せるよう要求してくるところが多いです。 しかもプログラムによってビデオの長さが微妙に違ったりしていたので何度も取り直さなければならず、けっこうめんどうくさかったです。

20項目ぐらいの申し込みを複数のプログラムに応募するのは結構骨が折れるのですが、 プログラムに一括して応募もできる http://f6s.com ("founders"の中の6文字を略して"f6s"となるところに由来) みたいなサイトもいくつかあります(質問項目がまったく同じな訳ではありませんが、自身やチームについての情報などはチームプロファイルがそのまま提出されるのでちょっと便利です。)。

どのプログラムも年に1〜2回程度募集するのですが、年1回の場合は夏期プログラムの場合が多いようです。今年はYコンビネーターの締め切りが3月下旬でしたが、他のプログラムはそれ以降の4月から6月までに集中していたような気がします。やはりYコンビネーターが知名度抜群なので、他のプログラムと併用して受かった場合はYコンビネーターを優先するために辞退される可能性があるので、他は敬遠してずらしたのではないかと予想されます。

ビザ
このように多くのプログラムが世界中にあるのですが、応募の際の最大の障害が就労ビザです。

まず米国。日本人の場合は通常90日以内だと観光は可能ですがビジネスはしてもよいのでしょうか?

米国のYCombinatorの応募要項を見てみると「ビザは自分でアレンジしてね」とそっけないですが、Q&Aサイトには YCombinatorの卒業生である人から以下のようなコメントが載っていました(ちなみに彼はイギリスからの参加です)。

I understand it is quite common for out-of-country YC founders to do the initial three month period under a visitors visa, which is OK provided they do not pay themselves a salary while in the USA. You can get a long way on expenses though.(私の理解では海外から参加する創業者の多くは最初の3ヶ月間を渡航者ビザで乗り切るのが一般的なはず。プログラムの期間中にアメリカで給与を受けなければオッケーなはず。だから実際にお金を受け取るには時間かかると思うけど。)


ヨーロッパの場合はどうでしょう。EU加盟メンバー国同士であれば労働者の行き来が自由なのですが、域外の場合は就労ビザが必要なため就労は厳しいと思います。私が申し込んだプログラムの一つは「就労できるビザがないとだめ」と明記してありました。

私の場合はイギリスに合法的に数年滞在したので永住権をとっています。ちなみに永住権と市民権の違いですが、永住権は外国人でいながらその国に永住できる権利で、市民権はその国の国籍をとることです。国によっては二重国籍を認めていますが、日本の場合は認めていないので、他国の市民権を取得してしまうと、日本の国籍は放棄する必要があります (私は弁護士ではないので、詳細は各国の情報を直接確かめるのをおすすめします)。

しかしながら起業を活性化させるのはどの国でも重要項目なため、今年になってイギリスでは一定の基準を満たした4つのシードアクセラテータープログラムを「UKTI recognised seed competitions」として認定し、域外からの起業家にビザを交付しやすいようにしています。これらのプログラムで£50000(800万円相当)以上の投資を受けた場合、起業家ビザ交付の可能性がでてきます。

他国で起業を考えるチームにとってビザというのは頭の痛い問題ですが、おもしろい試みも始まっています。 Blueseedというプログラムはカリフォルニア沖に人工島を浮かべ、そこに企業を誘致しようというのです。 アメリカの法律の管轄外なためビザなしでの滞在が可能で、シリコンバレーへのアクセスも近いそうです。オープン予定は2014年の後半とのことなので今からスタートアップを始めようという方は選択肢として覚えておいても良いですね。

社会起業とBethnal Green Ventures
多くのアクセラレータープログラマの中から縁あって私が投資を受けることになったプログラムはBethanal Green Ventures(BGV) と言う「ソーシャルベンチャー」に的をしぼった投資プログラムです。

彼らの「What we're looking for」のページには以下の3項目があげられています。

- The health and wellbeing of an ageing population(健康や国の高齢化問題)
- The educational attainment and employability of children and young people(教育や若年者の雇用問題)
- The social and environmental sustainability of communities(社会問題や環境問題)

彼らのベンチャーファンドそのものへの投資家はNesta(英国科学技術芸術基金)、Cabinet Office(英国内閣府)、Nominet Trust(.ukなどのドメインを管理している団体)など国、チャリティなどの非営利団体が多いようです。

このプログラムの説明会にいったときは「5年間で年2回、1回に10社に投資することで100社の会社をつくる」と言っていました。

サイトにはThe Big Idea というページの最後の2節に良いこと書いてあるので訳しておきます。

If we get it right, in five years time we will have helped create a group of hundreds of founders; all working on solving social problems. Some of them will have built huge new businesses and BGV will have seen the upside of that through our stakes in them becoming valuable. Many will have failed once and will be trying again. Others will be putting to use the entrepreneurial approach they learned through BGV in larger organisations. (もしうまくいけば、今後5年以で社会問題にとりくむための何百人にもおよぶ創業者を作り上げることに寄与します。そのうちのいくつかは巨大なニュービジネスを作り上げ、投資家としてBGVは恩恵をこうむることになるでしょう。 そのうちの多くは一度は失敗して再度挑戦するかもしません。他の人はBGVプログラムを通じて得た起業家的なアプローチをもっと大きな組織で活用していくことになるでしょう。)


We hope BGV will have an impact even wider than the people it helps directly. It will be an inspiration to others to build social ventures that will go on to help millions of people. If we succeed people who experience a social problem, won’t wait for government, big business or a charity to solve the problem for them, they’ll have the confidence and role models to start doing something about it themselves.(私たちはBGVが直接サポートした人だけでなくもっと広範囲にわたるインパクトを持つことを期待しています。何百万人を助けることになるソーシャルベンチャーを作ろうとしている他の人たちのインスピレーションにもなるでしょう。もし私たちの試みが成功すれば、人々は大きな社会的な問題を政府や大企業やチャリティが解決するのに頼り切るのではなく、自分たちで何かをしようとするための自信とロールモデルを手に入れることになるのです。)

私と社会起業
私が起業を考えた時に「社会起業」というのは頭の中に全くありませんでした。後ほど説明する私の作ったプロダクトはスポーツ、エンターテイメントといった分野でも応用が利くものです。実際にプロダクトを見せた時にある人から「これ、アダルトの分野でつかったら一気にブレイクするよ」といったありがたいアドバイスまでいただきました。しかしながら私はたまたまオンラインコースを自分で受講していた時に「これもっと使い勝手よくできるよね」と素朴に思い、それを自分が得意なスキルを使って解決しようとしたことから「教育分野」に片足を突っ込むことになりました。

自分の趣味の延長上で考えていたようなプロダクトだったので本当に私なんかがプログラムに応募してもよいのか疑問に思い、応募前にBGVに直接問い合わせました。その時もらった回答は「社会起業って結構幅が広いエリアで、君のプロダクトはもちろん当てはまるよ。応募してきた起業アイデアには、例えばゲーム会社とかもあるしね」でした。後で知ったのですが、そのチームはパニック障害が起きた時、ゲームを使って沈静化させようというものだそうです。他にも「音声認識」の技術を使い、技術者であれば非常に興味をそそるような機能を使い、痴呆症患者とのコミュニケーション促進をはかるプロダクトを作っているチームもありました。

BGVのオフィススペース

技術というのは本当に色々な分野に応用できるのですが、「どうやったら社会の他の人たちにも役に立つか」という視点で考えることで、より多くのビジネスチャンスやサポートを受けることができるということを今回の挑戦で学びました。


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