上田岳弘『ニムロッド』

「虚構についての小説」だ...

読み終わって数日が経ち、『ニムロッド』が何を描いた作品だったのか、その実感がようやく輪郭を表してきたので、ちょっと長めに感想を書くことにします。

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第160回・芥川賞作品です。

登場人物は三人しかいません。
僕と、恋人と、僕の同僚ニムロッド。
この三人だけ。

それぞれが取り組んでいるのは「ビットコイン採掘」「企業のM&A」「小説」。

すべてが、依って立つ礎のないもの。

そう、虚構。

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主人公の「僕」がビットコインの採掘を仕事で無茶振りされるところから、話はジェットコースター的に展開していきます。

睡眠薬がお守りの恋人。
うつ病を煩い今は名古屋で働くニムロッド。
僕だけが、深刻な問題を抱えずに東京でコツコツとそれなりに生きている。
・・・ある不思議な身体現象を除けば。

ビットコイン、バベルの塔、そして過去に開発された欠陥品の「ダメな飛行機コレクション」の記録。

別々の物語が小説の最後、一気に交差します。

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本を閉じたときに、僕というキャラクターまで消えてしまった、とは芥川賞選評委員・川上弘美さんのコメントですが、まさに僕もそうでした。

この作品の狙いかもしれません。

直木賞っぽい娯楽小説のように感じたものの、極端に俯瞰的な世界観、ニムロッドが書き綴ってゆく小説内小説の文学的表現が心に残ります。

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ニムロッドなる登場人物が小説に書いたこの表現が、もっとも忘れられない。

【ドルは紙切れとコイン、それから武器でできている。仮想通貨はソースコードと哲学でできている】

人間という存在も、その個々の人生も、たいへん儚く、消えてなくなってしまう性質のもの。

他方、

技術とか、知恵とか、試行錯誤や工夫の賜物だけが後世に「残る」

・・・この作品で作家が書きたかったことが浮き彫りになるのは、本を閉じて何日も経ってからのことでした。

「サーバーの音がする。」から始まる、短めの中編小説。

これが芥川賞を受賞したことは、この先の社会について、どんな示唆を残したのでしょうか。

依って立つ礎のないものが多すぎる。それだけは確かな世の中です。

2019年4月読了 Urano, the tiny dreamer

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