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ボクらは同じ虹の果てを追い求めている

「ムーン・リヴァー」は、1961年製作のアメリカ映画『ティファニーで朝食を』のために書かれた。
主演女優のオードリー・ヘプバーンが、ニューヨークのブロードウェイ259番地の宝飾店ティファニーの店頭で、デニッシュとコーヒーの朝食をとる冒頭映像のサウンドトラックとして、まずはヘンリー・マンシーニのオーケストラとハミングのコーラスによって演奏される。

さらにオードリー・ヘプバーンも自ら、アパートの非常階段でギターを弾きながら歌う。言われるように彼女の歌唱は、決して上手くはなく、本人もそれを自覚していた。マーニ・ニクソンによる吹き替えも検討されたが、監督のブレイク・エドワーズの強い要請から、劇中でギターを手に披露した。可憐で素朴な味わいのある歌声だ。

「ムーン・リヴァー」は、同年度のアカデミー賞において歌曲賞を受賞した。翌年4月に開催された授賞式において歌唱を依頼されたオードリー・ヘプバーンは、これを断った。公開のステージの上で、しかも生の歌を披露することに抵抗があったのだろう。その彼女に代わって授賞式で「ムーン・リヴァー」を歌ったのが、アンディ・ウィリアムスだった。

「ムーン・リヴァー」とは、そのタイトルのままに月面にある想像上の川のことを歌っているのかなと、なんとなくぼんやりと考えていた。映画『ティファニーで朝食を』が公開された1961年は、人類を月に送るアポロ計画がスタートした年。改めて月に対する興味がアメリカ国民に高まる中で、いまいちどロマンチックに「月の川」のことを思い描いたのかな、などという勝手な空想だった。

確かめてみようと改めて歌詞を読んで、どうやら違うらしいとすぐにわかった。なにしろ「ムーン・リヴァー」は、対岸まで1.6km以上もあり、「いつの日か / ボクは君を渡っていく」とか、「追い求めるのは / 同じ虹の向こう」、「君の向かう先に / ボクも行くだろう」などと、「ボク」は川に向け歌いかけている。
さらに、子どもの頃に一緒にハックルベリー(コケモモの実)を摘んだ友だちというニュアンスを込めて、「My Huckleberry Friend」」とも呼びかける。オードリー・ヘプバーン扮する主人公のホリー・ゴライトリーが、アメリカ南西部出身と設定されていることから、この表現は物語とフィットすると、作詞のジョニー・マーサーは考えたという。

「ムーン・リヴァー」は、実際の具体的な川の固有名詞だとジョニーは、言う。彼はアメリカ南東部ジョージア州の海沿いの港湾都市、サヴァンナに生まれて育った。地図を見ると、街はサヴァンナ川を挟むようにして周囲に広がっており、河中には大きな中洲もある。少し下流の大西洋に流れ込むあたりでは、川幅は優に1kmを超えている。

都会育ちの洒脱な筆致の作詞家と違い、ジョニー・マーサーの歌詞には田舎育ちの味わいが残る。同じ田舎育ちを自認していたアンディ・ウィリアムスは、ヘンリー・マンシーニとジョニー・マーサーが作る歌に、とても親しみを感じていたという。

「ムーン・リヴァー」は、大いなる川と自分を友人になぞらえつつ、流れの行く先に自らの見果てぬ夢を重ね合わせる歌だ。
作詞家、ジョニー・マーサーの生まれ故郷の風景を想像しながら聴いてみるのも、楽しいに違いない。

幾人もの名歌手が取り上げているなか、こんな「ムーン・リヴァー」はどうだろう。フランス元大統領サルコジ夫人、カーラ・ブルーニが歌う。


アイルランドの女性歌手、メアリー・ブラックの歌唱も、ノスタルジックな味わいに満ちていて味わい深い。


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