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隣の家の窓辺には、こんなに素敵な彼女

「ソー・マッチ・イン・ラヴ」といえば、ラジカセを知る世代にはパイオニアのテレビCM(1983年)とともに記憶されているのではないかと思う。「I Love You」と書いた紙飛行機を、隣の家の窓に向けて投げたところ、お目当の彼女の後ろを通り過ぎ、あえなくゴミ箱の中に落ちてしまう、あの映像の後ろに流れていた曲だ。

これを歌っているのは、元イーグルスのティモシー・シュミット。当時のアルバムのライナー・ノーツだったか、どこだったかの記事で、「ティモシーがよくこの曲を知っていたものだ」と感心している一文を読んだ覚えがある。ふーん、なるほど、ティモシーは勉強家だったのか、過去のポップスに熱心だったんだなと、その時のボクは思った。

アメリカに買い付けに行くようになって、レンタカーを運転しながらラジオを聴くようになった。星の数ほどラジオ局がカントーやソウル、ジャズなど、それぞれ得意の選曲を局の看板としていることに気づき、更にオールディーズ専門チャンネルがあることを知った。50年代ものはAMラジオ、60年代、70年代、80年代ものはFMラジオ。かつてのチャート・ヒットが一日中、バンバン流れている。およそどこの街に行っても、こうしたラジオ局がある。

「ソー・マッチ・イン・ラヴ」は、60年代ヒット・ステーションの定番曲の一つだった。なにしろ1963年の全米1位曲なのだ。歌うのは、タイムズ。グループを結成して7年目のヒットだ。

アメリカで暮らす人にとって、オールディーズに親しむことは、日本の我々に比べてはるかに容易なことだ。サブスクであれこれ探さなくても、レコードやCDを買わなくても、日々の暮らしに必須な車のラジオから、こうして何気なく流れて来るのだから。リアルタイムのファンのみならず、あとから振り返ってみたいと思う場合にも、ラジオはとっても有意義な音楽ソースだ。

なるほど、ティモシーはオールディーズ・ラジオを聞いて、「ソー・マッチ・イン・ラヴ」を知ったのかなと思い、もしかしてと彼の生年月日を調べてみると、1947年10月30日、カリフォルニア生まれだった。「ソー・マッチ・イン・ラヴ」が全米1位を記録していた頃に15歳くらい。ということは、リアルタイムでこの曲を好きだったんじゃないか、俄然そう気づいた。

1963年というと、ビートルズがアメリカのチャートを席巻する少し前。「ソー・マッチ・イン・ラヴ」のようなドゥーワップ・タイプの音楽も含め、50年代音楽の余韻が消え始め、チャートがロックへと曲がり角を迎えている時代だ。ティモシーにとって、「ソー・マッチ・イン・ラヴ」を取り上げることは、自らの音楽ルーツがビートルズ以前にもあったことを、さりげなく示しているのかもしれない。それにしても15歳の時に好きになった曲を、その20年後、30歳半ばを過ぎてから取り上げるなんて、なんだかとても素敵じゃないか。


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