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「作詞家は嫌だ、夜の時間が混乱するから」

1966年に英国の女性シンガー、ダスティ・スプリングフィールドが歌い、全英1位、全米4位のヒットを記録した「この胸のときめきを」。この曲には、元歌がある。前年、65年のイタリア・サンレモ音楽祭において、歌手のピノ・ドナッジオとジョディ・ミラーの歌唱によって発表されたイタリア生まれのカンツォーネ「Io che non vivo」がそれ。惜しくも大賞は逃したものの、入賞を果たした曲だった。ダスティ自身も同音楽祭に「Tu che ne sai?」(「What Do You Know?」)を歌って参加しており、その場で「Io che non vivo」を聴いた。

英語で「Io che non vivo」を歌いたいと言い始めたのは、ダスティ自身だった。英語詞の作詞者の一人が、サイモン・ネピア・ベル。のちにヤードバーズやマーク・ボランを手がけてマネージャーとして成功した人物だ。サイモンは作詞の顛末を、自著「この胸のときめきを」の冒頭に記している。これが相当に面白い。

ダスティの意向を受けて、サイモンに英語詞の相談をしてきたのは、テレビ番組「レディ・ステディ・ゴー」のタレント・キャスティングをしていたヴィッキー・ウィッカムだった。夕食を手早く済ませ、飲みに行く時間を遅らせて、ヴィッキーの家で二人でオリジナルのレコードを聞いた。イタリア語の歌なんだから、ロマンチックな歌詞じゃなくちゃいけないとサイモンは言い、サビの冒頭「You Don't Have To Say You Love Me」の歌詞を思いついたところで、二人はタクシーに乗ってクラブに遊びに出かける。目的地に到着するまでの30分もないタクシーの中で、歌詞の残りを仕上げたという。というわけで、英語詞の作詞者のもう一人は、ヴィッキー・ウィッカムである。

改めてじっくり聞いてみても、完璧に仕上がっている歌詞だ。情感がある。メロディとのマッチングも素晴らしい。ところが当のサイモンは不満だった。初めて作詞をした歌が大ヒットしたというのに、作詞をしていると食事や酒を楽しむ時間を割くことになるとサイモンは言った。「作詞家は嫌だ、夜の時間が混乱するから」と言うサイモンに、「それならグループのマネージメントをやったら」と、ヴィッキーがマネージャー業を勧めた。サイモンがヤードバーズを手がけるきっかけとなったのは、ヴィッキーのこの言葉だった。

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