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おバカなロックンロールを口パクで歌ったイアン・ウィットコム

戦前ジャズをベースとした徹底的に懐古趣味な博覧強記の英国人音楽家として知られたイアン・ウィットコム(1941 – 2020)が、自身の60年代を回想する「Rock Odyssey」(1983)において、愉快なエピソードを披露している。

学生時代にアメリカのブルースやR&Bなどが大好きになったイアンは、渡米旅行の際に西海岸のとある小さなレコード会社に、ノベルティ・タイプの自作ロックンロール「You Trun Me On」のデモテープを持参した。それが後にリリースされ、なんと1965年に全米8位まで上昇する大ヒット。この年の11月、彼はロサンゼルスのとあるテレビ局の番組「Hollywood A Gogo」に出演することになった。共演のアーチストは、ザ・バーズ、そしてボビー・ヴィー、レン・バリーなどだ。

そのころボブ・ディランに多大な関心を持っていたイアンは、ボビーから思いがけないエピソードを聞いて驚愕する。なんとボブ・ディランはボビーのバック・バンドにピアノ奏者として数回ほど参加したことがあり、しかもディランはジェリー・リーのスタイルのロックンロール・ピアノを得意としていたという。こんなスタイルのピアノだ。

シリアスなフォーク・シンガー像のディランに心惹かれ傾倒していたイアンは、ディランがロックンロールのファンだったなんて、にわかに信じられなかった。まずこれに驚き、次にボビーからこう告げられて、さらにびっくりした。ディランがピアノを弾けるのは、ハ長調の曲だけだった!

バーズ、ボビー・ヴィーらに見守られる中、体にぴったりしたシェットランドのセーターを着て、自作のおバカなロックンロールを口パクで歌ったと、イアンは吐露している。フォーク・ロックがトレンドとなり始めていた時期に、肩身の狭い思いを抱きながらロックンロールを歌うイアン。それがこの映像だ。

スタジオに招かれているティーンネイジャーに向かって、それこそ精一杯の笑いとユーモアを振りまいたイアンは、さらにバーズの演奏に心底から驚いた。バーズのメンバーは、誰一人としてニコリとさえしなかった!スタジオのティーンに向かって、微笑みを浮かべるなど一切の媚を振りまかなかったのだ。

ロックの時代が来たんだな、自分のようなポップスの時代は終わったんだなと思った、イアンはそう記している。

ロックンロールから足を洗った彼は、20世紀初頭から数十年間の時期に演奏されたオールドタイム音楽の世界に、のめり込む。そして研究熱心で凝り性の彼の資質が反映された独自のひねくれ感を生じる音楽を、こののち人生をかけて紡ぎだしたのだった。


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