見出し画像

シンガー・ソングライターの感性で、ジャズを歌う

音楽大学に進学する夢が叶わず、収入を得るための軽い気持ちでジャズを歌い始めたのが、1950年代半ばの頃。憧れていたフランス人女優の名をもじって、彼女はニーナ・シモンと名乗った。

レコード・デビューのチャンスを掴み、味わいのあるボーカルがファンを生み出したにもかかわらず、旧来のジャズの世界とはなかなか馴染まなかった。むしろロックやフォークを支持する若い聴衆の注目を得てからというもの、熱狂的な解放感につつまれるコンサートを繰り返しながら、ジャズとソウルとフォークとロックを一体化する独自の音楽にたどり着いた。先鋭化していったアフリカン・アメリカンの意識に呼応しつつ、変貌しながら60年代後期を過ごした黒人アーチストの一人でもある。

1962年に発表された「アット・ザ・ヴィレッジ・ゲイト」は、自身のピアノによる弾き語りをドラムとベースがバック・アップするもので、彼女がまだジャズの世界で活動していた頃の作品だ。おそらく日常の演奏活動をそのまま写し込んだライヴ・アルバムだろう。
冒頭の「ジャスト・イン・タイム」に続いて、極めてシンプルなサウンドともに歌われるのが、リチャード・ロジャースとロレンツ・ハートによって1930年代に書かれた「ヒー・ワズ・トゥー・グッド・トゥ・ミー」。ここでの彼女の歌声は、客観的な立ち位置からジャズ・ヴォーカルとして収まりよく整った表現をするというよりも、自らに歌を引き寄せ、自身を重ねながら歌唱しているかのようだ。自らの身を剥ぐかのようにして歌われるうたがある。彼女のヴォーカルには、そのような切実を思わせる力があった。

シンガー・ソングライターの感性で、ジャズを歌う。こののちロックやフォークの展開において主要な潮流の一つとなる表現の方法を、ニーナ・シモンは知らず知らずのうちに予感し具現していた音楽家だったのかもしれない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?