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こっそり逃げ出すのが一番よ。

 ポール・サイモンの「恋人と別れる50の方法」は、1975年に発表された彼のソロ・アルバム「時の流れに」に収録の一曲だ。シングル・カットされて、この年の12月にチャートに登場すると、翌年2月に全米1位。3週間に渡って1位を維持したのち、都合17週のあいだホット100に在位するヒット曲となった。

 恋人と別れたがっている男性に、旧知の女性が別れる方法を助言するというのが、この歌の設定だ。具体的に50の方法を示しているというのではなく、沢山の方法があるということを、50という数字に込めている。だとすると40でも80でも100でもいいような気もするが、実際に歌に合わせて口ずさんでみると、「フィフティ」の二つ目の「フ」に強めのアクセントが来る「50」が、なるほどふさわしいとわかる。

 なにより興味深いのは、女性が提案するその別れの方法である。「計画を練って」「こっそり逃げ出す」のが一番だという。あなたは情にもろいんだから「ためらってはダメ」。「じっくり話し合ったってムダ」だし、「鍵を捨てて」「自由になるの」。

 なるほど。そういうものなのかなと思う一方、これってどこかで聞いた歌の別れのシーンと似ているなと気づく。しばらく考えて思いついたのが、ジム・ウェッブの作詞作曲による「恋はフェニックス」だった。1967年にグレン・キャンベルが取り上げて、全米26位を記録した曲だ。

 共に暮らしていた恋人を部屋に置いたまま、何も告げることなくロサンゼルスから東に向かって旅を始める主人公の男と、ほどなく彼を失ったことに気づく彼女の想いの交錯を巧みに描き出す「恋はフェニックス」。男の逃避行の唐突な始まり方は、「恋人と別れる50の方法」で示される助言を、そっくりそのまま行動に移したかのようだ。

 あたかも「恋人と別れる50の方法」を助言した女性の提案が、「恋はフェニックス」で実現されている。「恋はフェニックス」の主人公がとった行動を、"私の言った通りでしょ、これが最善の別れ方だったのよ"と、女性は言うのかもしれない。そういえば、ロサンゼルスを離れつつ恋人を思い出す男の行動からは、「情にもろい」一面がうかがえる。おそらく意図せざる偶然に違いないのだろうが、なんとも面白い符合を感じさせる二曲になっていると思ったのだった。


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