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警告!この記事を読んではいけない 4

「聴音を教えてください」ある高校生3年生が私を尋ねてきてこう言った。「聴音を教えてください? 君はすでに複数の専門の先生に習って音大受験の準備中ではないのか?」「そうです」「では聴音を教えてくれている先生もいるのだろう?」「はい、います」「では私は必要ないのでは?」

その子とは、そんな会話で始まり、もう少し詳しく悩みを聞くことにした。その子は有名音大のピアノ科合格を目指す高校3年生。ピアノは専門の先生についている。本人のピアノ演奏力は大したものである。以前からきちんと勉強を続けていて、ピアノに関しては充分合格レベルと思われた。

副科の歌も専門の先生についていて、その子は「声を持っている子」で、歌い方にも才能を感じさせ、こちらも問題ないと思われた。もう一つは、ソルフェージュで、これも専門の先生について勉強していた。このソルフェージュというのは範囲が広く、聴音はその中の一つである。

そもそも聴音とは何か。一言で言えば、音楽を聴いてそれを譜面に、つまり五線紙に書き取ることである。最近は「耳コピ」という言葉が流行しているが、聴音は「耳コピ」をしてそれを五線紙に書き取るまでの事を言う。音大受験では、ほぼ必ずある受験科目である。

そしてその指導を担当するのは、通常ソルフェージュの先生である。話を聞くと、その子のソルフェージュの先生は、きちんと標準的にその子に聴音の指導をしていると判った。指導者に問題はない。そしてソルフェージュの他の項目については、その子も指導者も、問題なく勉強が進んでいる。

そして聴音だけが、この子は不得手なのだった。指導者も困っている様子で、どうして他の項目はできるのに、聴音だけができないのか、わからないようだった。そして他の項目の指導もあるから、聴音だけに時間を割くこともできない様子だった。

「専門の先生がソルフェも教えているんだから、私が聴音の部分に介入するのはまずいんじゃないの?」 と聞いた。その子は「私が聴音だけできないことに、その先生も困っているので、風間先生が助けてくれたら、喜んで下さることはあっても、邪魔に思うことなどありません」

「では、改めて君の現在の能力を確認するから、今ここで、これとこれとこれを、やってみなさい」。その子はやった。やはり問題ない。「では次に聴音をしてみよう」標準的な聴音をやらせてみた。確かに聴音だけ、驚くほどできない。私が困った。う~~む・・・

原因を探るため、その子にいろいろなテストを施し、そのやりようを見た。何が原因か、とにかくそれを探し当てないと、解決策も見いだせない。真剣に観察し、とうとう探し当てた。原因は、大きく言えば一つ。細かく言えば二つあった。

一つ目、この子は音符、ひいては譜面を書くことが下手。汚い。     二つ目、この子は音符、ひいては譜面を書くのが遅い。とにかく遅い。    つまり、譜面を書くことに慣れていないのだ。これが原因。原因が判れば、解決策も立てられる。が、問題は受験日までに訓練が間に合うかだ。

早速トレーニングを始めた。聴音練習は一旦休みにし、とにかく譜面を書く練習。ト音記号、ヘ音記号、音符、♯、♭。これを、最初は時間がかかってもよいから、濃く、大きく、キレイに書く練習。これだけを吐き気がするほどの量を書かせる。もともと高い素質を持つ子。できないはずはない。

ゆっくりだが着実に、キレイに書けるようになっていった。次は書く速度を上げる練習。ちゃんと綺麗に書けるようになってから、速度を上げる練習を始めたので、たちまち速度は上がった。そしていよいよ聴音。始めは簡単な旋律と和声を書き取る練習。

あ、ここで、音大の聴音試験がどんなものか、少々解説をしましょう。聴音の試験は、音大毎、学科毎で、種類も難易度も違いますが、大きく分けて2種類の試験があります。ひとつは、旋律聴音。1本のメロディーを聴いて、それを譜面に書き取る試験です。もう一つは和声聴音。

和声とは和音の事で、声部つまりパートが2つだったり4つだったりします。通常和声聴音は4パートを同時に聴いて、それを譜面に書き取る試験になります。試験官というか先生は、ピアノで、普通は3回弾いてくれます。3回が弾かれるうちに、全ての音を書き取り譜面を仕上げねばなりません。

先生は最初に、「a-moll、4分の4拍子、16小説」というふうに、言葉で何調か、何拍子か、何小節かを、言ってくれます。そして速度は、1,2,3,4、と声でカウントを取ってくれますから、受験者は、迷うことなく、音符を書き始められるようになっています。私に言わせれば懇切丁寧です。

このように、受験者が書き取りやすいように、出題する側は懇切丁寧にしてあげるのですが、肝心の受験者が、先生のピアノ演奏の速度より遅い速度で書いていては、最後まで書けずに演奏は終わってしまいます。当然のことですが書き取りは、先生のピアノ演奏と同じ速度で書かなければなりません。

と、文章で書くのは簡単ですが、実際の書き取りは大変です。書ききれないまま先生の演奏が終わってしまう事も多いです。特にテンポの早い曲は大変です。要領の悪い子は「えっ、えっ、えっ、??!!」とか慌てているうちに、曲は終わってしまいます。

書き取り速度は聴音の命です。速度が遅いのは、致命的なんです。そして、速度を上げる方法があるのです。その子はその方法を知らないで譜面を書いていたのでした。速度を上げる方法とは音符の書き方です。音符は楕円形であり、中が空洞の白丸だったり、中を黒く塗りつぶす黒丸だったりします。

聴音の場合は、音符の楕円形をそのまま書いていては間に合いません。黒丸の中を塗りつぶすなど、もってのほかです。更に要領の悪い子は、符尾と呼ばれるしっぽの部分まで書こうとします。これでは間に合うはずもありません。聴音の場合、1回目は音符を斜め線の一筆だけで書きます。

楕円にしたり中を塗りつぶしたりしません。もちろん符尾も書きません。これで、かなりのスピードアップができます。しかしこれをやるには、音符の位置が正確で、しかもどこの高さに書いたか、斜め線だけで明確に読み取れるように書かなければなりません。

その子の場合、音符を斜め線で書くことは知っていましたが、符尾を書こうとしていました。まずこれを止めさせました。そしてその斜め線を小節内の正確な位置に書けるよう訓練しました。これで相当なスピードアップが図れたはずです。

何故聴音ができないか。書く速度が遅いうえに符尾まで書こうとしていたためでした。真面目な子によくある現象です。完全な譜面を書こうとするあまり、速度が遅くなってしまっていたのです。斜め線一本、符尾なし。この、見ようによってはふざけた書き方を、どうしてもできなかったのです。

この「ふざけた書き方」ができるよう、徹底的に繰り返させました。そしてその子は、とうとう「完全な書き方」を捨てて「ふざけきった書き方」を身に着けました。そして聴音の速度は徐々に上がり、何とか受験シーズンには、先生のピアノと同じような速度で、譜面を書けるようになりました。

聴音の試験では先生は3回弾いてくれます。1回目はひたすらこの、ふざけた書き方で、最後の音までを書ききる。2回目は書いた音があっているかどうか、見直しをする。3回目に、符尾を書いたり、黒丸を塗りつぶしたりの作業をします。最終的にはちゃんと譜面に見える解答が出来上がります。

レッスン期間中、その子はレッスンの度に泣いていました。音はちゃんと聞き取れていまして、それを譜面に書く作業速度が遅いだけでした。「音をちゃんと認識できているんだから、それが書けさえすればいいんだ」と言い聞かせても、泣き止みませんでした。泣かなくなったのは、受験直前でした。

課題がほぼ完全にできるようになり安心したのでしょう。リラックスできて、速度は上がりました。こうしてその子は受験シーズンまでに必要な聴音力を身に着けることができ、第一志望大学に合格しました。少なくとも聴音が原因で不合格になることは、避けられまして、私はホッとしました。

レッスン期間中、褒めたことなど一度もありませんでしたが、合格を知らせてきた電話では「よかったよかった!」と言った気がします。その子も嬉しかったでしょうが、私もホッとしたからです。今日はここまでにします。この子のレッスンのお話は終わりますが、次回は、世の中の音楽ついて、そして音楽教育について、少々書きたいです。

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