第二アンティオケア信条(AD 341)

http://www.fourthcentury.com/index.php/second-creed-of-antioch/

より。英訳からの重訳。

アンティオケア教会会議(AD 341)で採択。「本質において相同(ホモウシオス)」の言葉を使わずに、ニケーア派寄りの信条を告白したものと言える。

[]内は邦訳者の注あるいは補足

:::::以下訳文:::::


我らは、福音的また使徒的伝統に一致して、一なる神、全能の御父、宇宙の形成者、造り主、供給者である方、この方によって万物が在るところの方を信ずる。


そして我らは[信ずる]。一なる主イエス・キリストを。すなわち彼の御子、唯一の生まれし神(ヨハネ 1:18)である方、この方によって万物が在るところの方、御父から全ての時代より前に生まれ、神よりの神、全から全、単一からの単一、完全からの完全、王からの王、主からの主、生ける言葉、生ける知恵、真実なる光、道、真理、復活、牧者、門、変えられずかつ変わらない方、御父の神位、本質、意志、力、栄光の厳密な似姿である方、あらゆる被造物の長子、初めに神と共にあり、かの福音書に「そして言葉は神であった」(ヨハネ 1:1)と書かれているごとく、言葉なる神である方を。この方によって万物は造られ、この方のうちに万物が存する。

この方は終わりの日々において上より下り、諸聖句に従ってある処女より生まれ、人と成され、神と人の間の仲保者、我らの信仰の使徒、命の君である。「私は天より降り来た。私自身の意志を為すためでなく、私を遣わした方の意志[を為す]ためである。」(ヨハネ 6:18)と彼が言ったごとくである。この方は我らのために受苦し、三日目に復活し、天へと上り、御父の右に着座し、生者と死者を裁くため栄光と力を帯びて再び来られるのである。


そして[信ずる。]聖なる御霊を。この方は信ずる者たちに、慰めと、聖化と、手ほどきのために与えられる。我らの主イエス・キリストもまた彼の弟子たちに、「行け。全ての国々に、御父と御子と聖なる御霊の名によって洗礼を授け、教えよ。」(マタイ 28:19)と申しつけたごとくである。すなわち、真に父なる御父と、真に子なる御子と、真に聖なる霊なるこの聖なる御霊との[名]である。この諸々の名は無意味でも無効でもなく与えられており、名を挙げられたそれぞれに固有な位格、階級、栄光を正確に表している。それで彼らは位格において三者でありながら、一致しているのである。


それでこの信仰を保持し、それを神とキリストの前で、始めから終わりまで保持し、我らはあらゆる異教的な異端を呪う。そして諸聖句による健全で正しい信仰を差し置いて、御子の産生の前に時間が、時期が、時代が、あるとでも、あったとでも教える者は誰でも、呪われるように。また御子が諸々の被造物の一つであるごとく一被造物である、あるいは諸々の子孫の一つであるごとく一子孫である、あるいは諸々の作品の一つであるごとく一作品であるかのように言う者、[また彼が、]神聖な諸聖句の伝えたごとく、先に相次いで述べたものではない[と述べる者]、あるいはもし我らが受けたことを差し置いて教えたり述べ伝えたりする者、[そのような者は]誰でも呪われるように。というのも、預言者たちによるのであれ、使徒たちによるのであれ、神聖な諸聖句において伝えられてきた全てのことを、我らはまさに真実に、敬虔に、信じ、また従っているのである。

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