[メモ]カインの末裔

創世記4章にはカインの七代の子孫まで系譜が記され、以下のような情報を付記している。

"レメクはふたりの妻をめとった。ひとりの名はアダといい、ひとりの名はチラといった。アダはヤバルを産んだ。彼は天幕に住んで、家畜を飼う者の先祖となった。その弟の名はユバルといった。彼は琴や笛を執るすべての者の先祖となった。チラもまたトバルカインを産んだ。彼は青銅や鉄のすべての刃物を鍛える者となった。トバルカインの妹をナアマといった。"創世記 4:19-22

ここで、カインの子孫のある人たちが、ある文明の血統的祖となったことを述べている。(ここで系図に女性たちが登場するが、これは非常に珍しいことで、何らかの重要な役割を果たした女性と思われる)

しかしレメクの子らヤバル・ユバルの代はアダムから数えて八代目であり、セトの血統ではノアの祖父メトシェラにあたる世代に近い。

ノアの家族以外の人類は、アダムから十代目くらいで全て洪水で絶えたはずなのに、二代か三代しか子孫を残さなかった人物を「これこれの文化を持つ全ての者たちの先祖となった」と言うのは違和感がある。

ここで思いつくのは、カインの子孫がノアの洪水を越え、洪水後の時代まで子孫を残した可能性があるのではないか、ということだ。

もちろん、ここで「洪水は地域的なもので、ノアの家族に限らず生き残った人たちがいる」というような"常識的な"説もありうるが、常識的なことは考えられる人たちがたくさんいるので、その検討は常識人に任せて、ノアの家族以外は死に絶えたという場合を僕は検討する。

ノアの家族以外が滅んでいるのに、カインの子孫が洪水後も存続しているところれば、それはノアの家族にカインの子孫の血が入る他ない。

しかし、カインの弟セトからノアまでの男系系図が明らかにされている以上、カインの直系男系子孫は滅んでいると考える他ない。カインの血が入るとすれば、女性を通してである。

ノアの家族にカインの血を入れるいくつかのルートが考えられる。

まずノアの家族で言えば、以下のルートがあり得る。

①ノアかノアの先祖の母
②ノアの妻(セム・ハム・ヤペテの母)
③セム・ハム・ヤペテの妻

また、①にはレメクの妻・メトシェラの妻・エノクの妻・イエレドの妻・マハラルエルの妻・ケナンの妻・エノシュの妻・セトの妻の8パターンがあり得る。

②はノアの妻が1人でない場合を考えると、セムの母・ハムの母・ヤペテの母の最大3人があり得る。ただし洪水を通って生きられるのは1人だけである。[2ペネロ2:5]

③はそれぞれに対して妻1人ずつの最大3人がカインの子孫であり得る。洪水前に子はなく、洪水を通って生きられる妻は1人ずつである。[2ペテロ2:5]

"また、古い世界をそのままにしておかないで、その不信仰な世界に洪水をきたらせ、ただ、義の宣伝者ノアたち八人の者だけを保護された。"ペテロの第二の手紙 2:5

もう一つ重要なことは、ノア以前の人々は長子を設けたあとも息子と娘を設けたという記述があるが、ノアはセム・ハム・ヤペテの後に子どもを残した記述がないということである。つまり洪水後に残った家系はセム・ハム・ヤペテの三系統しかない。

"アダムがセツを生んで後、生きた年は八百年であって、ほかに男子と女子を生んだ。"創世記 5:4
"ノアは洪水の後、なお三百五十年生きた。ノアの年は合わせて九百五十歳であった。そして彼は死んだ。"創世記 9:28-29
"ノアの子セム、ハム、ヤペテの系図は次のとおりである。洪水の後、彼らに子が生れた。"創世記 10:1
"これらはノアの子らの氏族であって、血統にしたがって国々に住んでいたが、洪水の後、これらから地上の諸国民が分れたのである。"創世記 10:32


カインの系図に話を戻すと、
⑴天幕に住まう者たちの祖ヤバル
⑵音楽を奏でる者たちの祖ユバル
がほぼ確実に洪水後まで子孫を残している者たちと推測される。

もう一人のトバル・カインは「武器を鍛える者」であったが、彼はそのような人々の祖となったとは書いていない。しかし彼の妹のナアマが女性であるにも関わらず珍しくも名を残していることを考えると、おそらくナアマがセトの系統に自身の血統と兄の技術を継承したと思われる。

そもそも、カインの直系子孫が創世記に名を残したのは、その系譜記録をノアの家族が保持したからであるはずであり、そこに名を残された女性はなんらかの形でセト系と重要な関わりがあったと思われる。

よってここでは洪水後に血統を残したもう一人の人物として
⑶トバル・カインの妹ナアマ
がいると推測する。

そしてこの⑴-⑶の血統がセム・ハム・ヤペテの子孫に継がれたと考えると、人類はみなカインの血を継いでいると思われる。カイン系の血をなるべくセト系に入れないシナリオを考えても、セム・ハム・ヤペテまでが純セト系を保ちうる最後の代で、カインの三系統を保つにはセム・ハム・ヤペテの妻たち三人に三系統の血が入っていると考えざるを得ない。(ただしナアマがヤバル系かユバル系に合流する形でのみ血統を残したとすれば、セム・ハム・ヤペテの妻のうち一人は非カイン系でありうる。)

ノアの子らの三系統とレメクの子らの三系統がそれぞれの婚姻で合流していると仮定すると、どのような対応になっているだろうか。

最もわかりやすいのは、セムの系統とヤバルの系統が合流しているという推測である。

"神はヤペテを大いならしめ、セムの天幕に彼を住まわせられるように。カナンはそのしもべとなれ」。"創世記 9:27
"彼(アブラム)はネゲブから旅路を進めてベテルに向かい、ベテルとアイの間の、さきに天幕を張った所に行った。"創世記 13:3
"アブラムと共に行ったロトも羊、牛および天幕を持っていた。"創世記 13:5

アブラハム(アブラム)はセムの系統であり、彼らはヤバルの子孫のように「彼は天幕に住んで、家畜を飼う者」となった。もしアブラハムの先祖が「天幕に住まい家畜を飼う者の祖」ヤバルであるとすれば、ヤバルの子孫の女性がセムの妻である可能性が高い。

ユバルとナアマが、ハムとヤペテのどちらの家系に合流したかははっきりとはわからない。おそらく、カナン人系統に武器が発達していた特徴が見られる(歴史・考古学的にもヒッタイト/ヘテ人と鉄器の発達はよく関連づけられている)

"ヨセフの子孫は答えた、「山地はわたしどもに十分ではありません。かつまた平地におるカナンびとは、ベテシャンとその村々におるものも、エズレルの谷におるものも、みな鉄の戦車を持っています」。"ヨシュア記 17:16

ことから、鍛治する者トバルの妹ナアマの家系がハム系と合流し、音楽を奏でる者の祖ユバルの家系がヤペテ系と合流したと思われる。ただ、引っかかるのはヤペテの子に「トバル」という名が見られることである。名は基本的に家系にある名が継がれる。このことが洪水前からあったとすれば、ヤペテの子トバルはトバル・カインの子孫、あるいはその妹ナアマの子孫である可能性が十分にある。さらにヤバルとユバルの母アダはカナン人の名として後代に登場しており、この人物もヤバルかユバルの子孫である可能性がある。

"八日目になったので、幼な子に割礼をするために人々がきて、父の名にちなんでザカリヤという名にしようとした。ところが、母親は、「いいえ、ヨハネという名にしなくてはいけません」と言った。人々は、「あなたの親族の中には、そういう名のついた者は、ひとりもいません」と彼女に言った。"ルカによる福音書 1:59-61
"エサウはカナンの娘たちのうちから妻をめとった。すなわちヘテびとエロンの娘アダと、ヒビびとヂベオンの子アナの娘アホリバマとである。"創世記 36:2

また、弦楽器や管楽器がギリシア神話などヤペテ系と思われる民族で重視された一方、より古くは古代エジプトやウル第一王朝で弦楽器の原型が見られ、管楽器の原型もシュメール文明からあったようである。エジプトはハム系である可能性が高く、ウル周辺はセム系かハム系である可能性が高い。

"クシの子はニムロデであって、このニムロデは世の権力者となった最初の人である。彼は主の前に力ある狩猟者であった。これから「主の前に力ある狩猟者ニムロデのごとし」ということわざが起った。彼の国は最初シナルの地にあるバベル、エレク、アカデ、カルネであった。"創世記 10:8-10
"テラはその子アブラムと、ハランの子である孫ロトと、子アブラムの妻である嫁サライとを連れて、カナンの地へ行こうとカルデヤのウルを出たが、ハランに着いてそこに住んだ。"創世記 11:31

セム系とヤバル系の対応を固定するとしても、「ハム系/ナアマ系とヤペテ系/ユバル系」という対応なのか、「ハム系/ユバル系とヤペテ系/ナアマ系」という対応なのか判断がつかない。これはまた別の機会に考えることにする。

もう一つ考えなくてはいけないことは、セムらの父ノアにカイン系の血が入っているかどうかである。これは恐らく、入っていると思われる。先ほど述べたように、名は親族から継承されている可能性が高いことを考えると、カイン系の系譜とセト系の系譜に共通の名が見られるのは、どちらかがどちらかの子孫として名を継いだ、と読めるからである。

そしてこのことから、カイン系とセト系の血統交差が起こった代は七代エノクの時であることが推測される。より正確に言えば、エノクの父イエレドがカインの子孫の女性を娶ったと思われる。エノクがセト系で最初にカイン系に共通の名を持つ人物であるためである。

"カインはその妻を知った。彼女はみごもってエノクを産んだ。カインは町を建て、その町の名をその子の名にしたがって、エノクと名づけた。"創世記 4:17

エノクとはカインの恐らく長子の名である。セトの系統のうち、カインの血統を継いだ最初の子は、カインの長子エノクの名を継いでエノクと名付けられたと思われる。カイン系のエノクがエノクⅠ世セト系のエノクはエノクⅡ世というわけだ。

イエレドの代にカインの子孫を娶ったことについて、創世記6章と関連づけられるかもしれない。

"神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。"創世記 6:2

ここで全く真逆の二種類の解釈が可能である。まずは、「神の子たち」がセトの系統のことであり、「人の娘たち」がカインの系統のことである、という解釈である。この場合、イエレドは神の意に反してカインの子孫を娶った、というストーリーになる。

しかしそのようなストーリーの場合、ノアが三人の子の妻としてわざわざカインの子孫の女性を選んだと思われるのは奇妙なことである。

この解釈の問題点は他に主に二つあり、一つ目は「人の娘たち」と訳されている言葉は言語では「アダムの娘たち」であり、5章で「アダムの系譜」として紹介されているセトの子孫を「アダムの娘たち」から除外しているという不整合であり、二つ目はユダの手紙の解釈に困難を引き起こすことである。

ユダの手紙にはこう書かれている。

"主は、自分たちの地位を守ろうとはせず、そのおるべき所を捨て去った御使たちを、大いなる日のさばきのために、永久にしばりつけたまま、暗やみの中に閉じ込めておかれた。ソドム、ゴモラも、まわりの町々も、同様であって、同じように淫行にふけり、不自然な肉欲に走ったので、永遠の火の刑罰を受け、人々の見せしめにされている。"ユダの手紙 1:6-7

ここである御使たちへの裁きが為されていたことと、その裁きの理由がソドムとゴモラの罪(性的不品行)と対応するものであったことが述べられている。単純に読めば、「ある御使たちは不自然な肉欲によって地位を失った」と読める。このように解釈すると、創世記6章の「神の子たち」は天使たちであり、「人の娘たち」はセト系も含む人間の女性たちのことであった、という二種類目の解釈と呼応する。

さらに、ユダの手紙は第1エノク書の引用とされる部分を含んでいる。

"アダムから七代目にあたるエノクも彼らについて預言して言った、「見よ、主は無数の聖徒たちを率いてこられた。それは、すべての者にさばきを行うためであり、また、不信心な者が、信仰を無視して犯したすべての不信心なしわざと、さらに、不信心な罪人が主にそむいて語ったすべての暴言とを責めるためである」。"ユダの手紙 1:14-15

これは第1エノク書の1章9節と一致しており、ここからの引用である可能性がある。このことを考慮すると、ユダの手紙の著者の創世記6章の解釈も「天使と人との交雑」である可能性がある。なぜなら第1エノク書では確かにシェミハザという天使がたくさんの天使を率いてヘルモン山に降り立って、人と交雑した、というストーリーが語られているからである。そしてなんと、第1エノク書6章にはここで考えていることに関係する重要なことが書かれており、それによるとこの堕天使たちが地上に蔓延り始めたのは「イエレドの時代」であったらしい。

このストーリー上でカインの子孫をイエレドが娶ったことにはどのような意味があるだろうか。イエレドの時代に大量にネフィリムが生まれ始め、それが神の意に背くことであったとするならば、しかもまさにこれがノアの洪水の原因でもあったとするならば、天使の血をノアの子孫に継がせることをなるべく避けるストーリーの方が説得力がある。そこで重要な役目を果たす存在は、血統的に隔離された氏族であり、洪水以前にそれにあたる、地理的・血統的にセトやセトの兄弟家系と隔離されて存続し、おそらく人々から忌み嫌われていた存在こそが、血塗られたカインの系譜であったと思われる。カインは兄弟氏族の全てから離れて東に逃れており、血統的な独立性が保たれ、従って天使たちの血からも逃れていたのかもしれない。

"カインは主の前を去って、エデンの東、ノドの地に住んだ。"創世記 4:16

洪水前の地理はよくわからないが、現在のチグリス・ユーフラテス川流域にエデンがあったならば、ヘルモンはエデンの西であり、カインの子孫のいた側と確かに逆である。

イエレドの家系は天使たちと交雑したセトとセトの兄弟家系から独立して、カインの子孫と共に純なるアダム(人)の血統をノアたちまで守ったのではないだろうか。

さて、カインの子孫の他の名は以下のようになっている。

"エノクにはイラデが生れた。イラデの子はメホヤエル、メホヤエルの子はメトサエル、メトサエルの子はレメクである。"創世記 4:18

このマソラ本文でメトサエル(מתושאל)となっているところは、七十人訳ではマトゥサラ(Μαθουσαλα)となっており、メトシェラ(מתושלח)の訳と同一となっている。これはヨセフスの著作でも同様である。

このカイン系のレメクはおそらくノアの父レメクの先祖となったと思われる。また、もしかするとこのカイン系のメトシェラ(あるいはメトサエル)はノアの祖父メトシェラの先祖となったかもしれない。カイン系のレメクとメトシェラがレメクⅠ世とメトシェラⅠ世、セト系のレメクとメトシェラがレメクⅡ世とメトシェラⅡ世ということになる。世代関係は以下のようになっている。

1代目 アダム
2代目 カイン セト
3代目 エノクⅠ エノシュ
4代目 ヤレド ケナン
5代目 メフヤエル マハラルエル
6代目 メトシェラⅠ イエレド
7代目 レメクⅠ エノクⅡ
8代目 ヤバル メトシェラⅡ
9代目 レメクⅡ
10代目 ノア

この最も単純な世代関係を仮定すると、メトシェラⅠの孫世代にメトシェラⅡが、レメクⅠの孫世代にレメクⅡがいることがわかる。これはそれぞれのⅠ世の娘がⅡ世の父に嫁いで、生まれた子に父の名を継承させたことを意味するのではないだろうか。(ただしセトはカインがアベルを殺害した事件より後に生まれている。カインが子を産んだのも殺害事件より後のように読めるため、殺害事件当時カインもアベルも若かったとは思われるが、それでもセトとは十年〜数十年以上の年齢差があったと思われる。)

さて、カイン系の女性として特別に名を残したレメクⅠの娘ナアマはどのような立ち位置だろうか。上記の世代関係から単純に考えると、メトシェラⅡの妻がナアマであり、息子に父レメクの名を継がせたと思われる。レメクⅡは息子にカイン系の名を継がせていないので、レメクⅡの妻はおそらくレメクⅡの従姉妹(メトシェラⅡの弟の娘)あたりではないかと思われる。つまりノアの祖母ナアマはノアにとって最も近いカイン系の先祖であり、系譜に記されるべき人物となる。

ここから、ナアマを通してトバル・カインの「鉄器技術」という文化を継いだのはセトの直系系統で、つまり洪水を越えてそれを継いだのはノアの長子系統であると思われる。ノアの長子はセムではないことはほぼはっきりしているが、長子がヤペテかハムかは解釈の仕方による。ナアマ系がヤペテ系かハム系かは先述のようにどちらともとれるので、ここではどちらかには結論付けないでおく。

"ノアは五百歳になって、セム、ハム、ヤペテを生んだ。"創世記 5:32
"こうして七日の後、洪水が地に起った。それはノアの六百歳の二月十七日であって、その日に大いなる淵の源は、ことごとく破れ、天の窓が開けて、"創世記 7:10-11
"セムの系図は次のとおりである。セムは百歳になって洪水の二年の後にアルパクサデを生んだ。"創世記 11:10

セムは洪水時に九十八歳であるため、ノアが五百二歳の時に生まれている。ノアが長子を設けたのは五百歳であるから、ハムかヤペテがその時に生まれているはずである。

セムとヤペテの順序関係が書かれているらしい箇所があるが、どうもどちらともとれるらしく微妙。

"セムにも子が生れた。セムはエベルのすべての子孫の先祖であって、ヤペテの兄であった。"創世記 10:21
"Unto Shem also, the father of all the children of Eber, the brother of Japheth the elder, even to him were children born."Genesis 10:21KJV

後者がより七十人訳に近い解釈と思われる。

「ハムが末の子」と読めるところもあるが、カナンもハムの末の子であることや、そもそも末の子ではなく長子ではない子とも読めるらしく、こちらも微妙。

"やがてノアは酔いがさめて、末の子が彼にした事を知ったとき、彼は言った、「カナンはのろわれよ。彼はしもべのしもべとなって、その兄弟たちに仕える」。"創世記 9:24
"And Noah awoke from his wine, and knew what his younger sonhad done unto him. And he said, Cursed be Canaan; a servant of servants shall he be unto his brethren."Genesis 9:24-25

とりあえず今回はここまで。

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