[メモ]洗礼者ヨハネの問答

ヨハネ伝1章の洗礼者ヨハネとパリサイ派の使者の問答から、当時のユダヤ人たちが主に待ち望んでいた、旧約で到来の約束されていた三人の人物がわかる。

・キリスト

・再来のエリヤ[マラキ3-4章]

・「あの預言者」(モーセに代わる預言者)[申命記18章]


洗礼者ヨハネは問答においてこのいずれでもないと答えている。

「キリスト」と「あの預言者」に関しては、イエス・キリストこそがまず第一にその人物であると思われる。[使徒3:22など] ただし、当時の洗礼者ヨハネ陣営の証しとしてはイエスがキリストであるところまでは読み取れる(後述)が、「あの預言者」であるとまで言っているかはわからない。

「エリヤ」については、ヨハネは自分がそうであることは否定しているものの、イエスが、来るべきエリヤとはヨハネのことである旨を述べている。[マタイ11章, 17章]

またヨハネの父ザカリヤにも、ヨハネはエリヤの霊と力を以って主の備えをすることが予告されている。[ルカ1:17]

ヨハネの応答のイエスの言葉などとの矛盾に関していくつか解釈が可能。

解釈1)

「洗礼者ヨハネは真に再来のエリヤであるが、謙遜した。」

よく聞く解釈。しかし僕はこの解釈に不満がある。たしかに、イエスはメシアを自称することには控えめであり、謙遜な姿勢をとっているともとれるが、自分がメシアであることを否定して嘘の証言をするなどということはなかった。そもそも、僕の考えでは、傲慢とは偽りの自分を建てあげることであり、謙遜とは真実の自分を隠さないことであると思う。ヨハネが自身に関する認識を偽って述べたことを謙遜と解釈することには違和感がある。


解釈2)

「ヨハネはある意味で再来のエリヤであり、ある意味で再来のエリヤではない」

パターン2-1) 真の再来のエリヤは終末に別に現れるためヨハネは否定したが、その真の再来のエリヤの予型(?)などとして洗礼者ヨハネがあってエリヤの霊と力でエリヤの役割を果たしたので、イエスは彼をエリヤと呼んだ。

パターン2-2) 真の再来のエリヤはイエスであるためヨハネは否定したが、ヨハネもある意味で再来のエリヤであるという意味でイエスがエリヤの称号を帰した。


解釈3)

「ヨハネは自分の立ち位置をわずかに誤認していた」

この可能性を最近少し考え始めている。イエスの発言は無誤謬と思われるが、洗礼者ヨハネの発言は託宣部分以外はそうとは限らない。彼がイエスに使者を遣わして「来るべき方はあなたですか、それとも他の人を待つべきですか」と尋ねた[ルカ7章]ことからも、彼のイエスの立場に関する知識or信仰が完全でなかったことがわかり、従ってその何らかの欠けたものの反映として自らがエリヤであると言えなかった可能性もあるのではないだろうか。

洗礼者ヨハネのイエスに関する知識は、ユダヤ人のメシア観と比較すれば極めて正確であることは明らかで、イエスを軍事的・政治的指導者とは考えておらず、贖い主、贖いの犠牲としての性格を把握しており[ヨハネ1:29]、先在すること[ヨハネ1:15]、神の子であること[ヨハネ1:34]、霊のバプテスマを授ける方であること[ヨハネ1:33]などを把握しており、また、ヨハネの弟子アンデレが即座にイエスをメシアと呼んでいる[ヨハネ1:41]ことから、ヨハネ自身もイエスがメシアであることを把握していたと思われる。

しかし、ヨハネですら気づかない何らかの視点がもしかすると何かあったのではないか?そして、その「何か」に気づいた瞬間、ヨハネはイエスに遣いを送って確認する必要性を感じたのではないだろうか。

この「何か」について結論はまだ僕も出ていないが、ヒントになりそうの事項・聖書箇所は以下のような部分にありそう。まとめてみる。

【1.イエスの公生涯前期においてヨハネが確実に自認していた聖書中の役割】

「荒れ野で呼ばわる者の声」[ヨハネ 1:23]

→ イザヤ40章


【2.ヨハネに対する質問に出てくる役職】

前述。
「油注がれた者(メシア/キリスト)」

→詩編2, 18, 20, 28, 45, 84, 89, 92, 105, 132篇、イザヤ45, 61章、哀歌4章、ダニエル9章、ハバクク3章, ゼカリヤ4章など

「再来のエリヤ」

→マラキ4章

「あの預言者(モーセに代わる預言者」

→申命記18章


【3.ヨハネのイエスに対する質問】

「来るべき方(ο ερχομενος)はあなたですか?それとも他に誰かを待つべきでしょうか。」

ここは普通に読むと「あなたはメシアなのですか?」とヨハネの不信仰の表明のように読めてしまう。でも、もしかすると何か別の啓示がヨハネにあって、何か別のことについて言及したいのかもしれない…?と思ってとりあえず手始めに主格形の"‘ο ’ερχομενος"だけLXXで検索すると称号らしきところは以下がでてくる。

詩編117(118):26「主の名において来られる方に祝福あれ」

え、少ない。。他の格でも調べたいけどとりあえずそれはまた今度にしておいて(ερχομαιはよく出てくるありふれた単語だから検索自体はいっぱい引っかかって称号らしく使われているところを探すのが少し大変…)、新約の方を見ていくと以下のような感じ。

マタイ11章、ルカ7章「来るべき方はあなたですか?」

マタイ21, 23章、マルコ11章、ルカ13章、ヨハネ12章「主の名において来られる方((ルカ・ヨハネ:)+「である王」)に祝福あれ」

ヨハネ6章「この者は真に世に来るべき方である預言者だ」

ヨハネ11章「主よ、信じます。あなたがこの世にきたるべき方であるキリスト、神の御子であると私は信じております」

ヘブル10章「もうしばらくすれば、きたるべきかたがお見えになる。遅くなることはない。わが義人は信仰によって生きる。」
→これはハバクク2章の引用と思われる。ただ旧約はそのままの形になっておらず検索から漏れた。

黙示録1, 4章「今いまし、かつていまし、やがて来られる方

こう見ると、四福音書のエルサレム入城の記事が詩編118篇と呼応しており、ヘブル書10章がハバクク2章を引用しており、何かこの辺が重要そう。


【4.ヨハネが使者を送るきっかけ】

マタイ伝は「イエスのみわざを聞いたヨハネは〜」と導入される。

ルカ伝の方がここの状況は詳しそうで、「ヨハネの弟子たちは、これらのことを全部彼に報告した。するとヨハネは〜」と導入される。

この「これらのこと」がどこからどこまでの範囲かはよくわからないが、7:1に「イエスはこれらの言葉をことごとく人々に聞かせてしまったのち、」とあって「百人隊長のしもべの癒し」と「ナインのやもめの子の復活」の「みわざ」の記事が続いて、洗礼者ヨハネの使者の報告が始まる。

洗礼者ヨハネが使者を送ったのは新しい啓示を得たから、という仮説で考えると、おそらくその啓示はこれら二つの「みわざ」の記事と関係があるかもしれない。これらの記事においてイエスの立ち位置に関する言及は以下がある。

"ただ、お言葉を下さい。そして、わたしの僕をなおしてください。わたしも権威の下に服している者ですが、わたしの下にも兵卒がいまして、ひとりの者に『行け』と言えば行き、ほかの者に『こい』と言えばきますし、また、僕に『これをせよ』と言えば、してくれるのです」。イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた群衆の方に振り向いて言われた、「あなたがたに言っておくが、これほどの信仰は、イスラエルの中でも見たことがない」。"ルカによる福音書 7:7-9

この百人隊長(百卒長)がイエスに帰した権威は非常に強いもので、イエスは「イスラエルのうちでもこれほどの信仰は見たことがない」と言っている。これは、「単なる強調表現」と解釈することもできるが、文字通りとるならば、極端に言えば、マリアより、ペテロより、ナタナエルより、そして洗礼者ヨハネより、強い信仰表明をしているとも解釈できるかもしれない。もしそうだと仮定すれば、この百人隊長の言明は、イエス・キリストのそれまでヨハネにすら隠されていた地位を明らかにしたものかもしれない。

"すると、死人が起き上がって物を言い出した。イエスは彼をその母にお渡しになった。人々はみな恐れをいだき、「大預言者がわたしたちの間に現れた」、また、「神はその民を顧みてくださった」と言って、神をほめたたえた。"ルカによる福音書 7:15-16

死者の復活は聖書中でもそんな頻繁に起こる話ではなく、この世で起こりうる最も顕著で明白な奇跡の一つと思われる。
民は死者の復活の奇跡に際して「大預言者が現れた」と発言している。彼らの知っている死者の復活を成した人物と言えば、旧約聖書の預言者エリヤとエリシャである。エリヤとエリシャはヨハネとイエスの予型であるはずで、ここからヨハネとイエスの地位に関する何らかの啓示がヨハネにあった可能性はあるかもしれない。「神はその民を顧みてくださった」は今のところ何らかの旧約預言を背景としているかはわからなかった。ルツ記などに類似表現が見られた。


【5.イエスの回答】

"答えて言われた、「行って、あなたがたが見聞きしたことを、ヨハネに報告しなさい。盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞え、死人は生きかえり、貧しい人々は福音を聞かされている。わたしにつまずかない者は、さいわいである」。"ルカによる福音書 7:22-23

旧約聖書にそのままの表現はない。個々のフレーズはイザヤ書を想起させるものが多い印象。洗礼者ヨハネの自認がイザヤ40章の「声」であったことからもイザヤ書の分析は重要かも。


何かまた気づけば追記します。

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