[通読メモ]サムエル記上29章-下11章

今回は預言者ナタンを取り上げる。

名前

ヨナタンは「ヤハウェは与える」だが、ナタンは「与える」という意味の名前。譲一さんと譲さんみたいな感じ(?)

実はナタンという名はダビデの治世以前では聖書中には出てこず、聖書中ではおそらく預言者ナタンが初出である。すぐあとにダビデとバテシェバの子、つまりソロモンと同父同母兄弟としてナタンが出てくる。(サム下5:14)

出自

ナタンはエルサレムに入ったダビデの側で相談相手をしている場面から(サム下7章)、何の前触れもなく登場する。背景の説明がないが、ナタンの子はソロモン王の友で祭司であったザブデと思われる(列上4:5)ことから、ユダの孫ヘツロンの子エラフメエルの子孫と比定できる(歴上2:31-36)かもしれず、男系では異邦人の子孫かもしれない。

歴史の編纂がなされた時代の権力者に近い人物の情報は残りやすいと思われるので、歴代誌2章の系図をナタンの系図とみなすのは不自然なことではない。彼自身が歴史の編纂者でもあった(歴上29:29, 歴下9:29)。

この系図によれば、ナタンの父はアッタイであり、アブシャロムの反逆時にダビデに付き従ったガテ人イッタイと七十人訳ギリシア語聖書では同名(Eththi)になっている(サム下15:19)。

歴代誌によればアッタイの父ヤルハはエジプト人で、母アフライ(歴上2:31, 34-35)がエラフメエルの子孫となっており、ナタンはエジプト人あるいはガテ人の子孫かもしれない。(当時のエジプト第21王朝?の影響力はパレスチナ南部まで及んでいた。列上9:16)

ダビデの勇士たちの中にはアハライの子ザバデ(歴上11:14)がおり、アフライの曾孫ザブデをそう呼称した可能性もある。

ザブデ(Z-B-D)の語根を持つ人物は使徒ヨハネの父ゼベダイ(ZeBeDaios)の先祖の可能性がある。ただしこの語根を持つ名前の聖書中の初出はおそらくゼラの子ザブディ(ヨシュア7:1)であり、ナタンの子ザブデの頃には色んな家系にザブデの名が広まっていた可能性もあり、ナタンの子ザブデがゼベダイの直接先祖ではない可能性も高い。


年齢

ナタンに関して、ウリヤを殺害し妻バテシェバを奪ったダビデへの叱責(サム下12章)のイメージと、幼い頃に読んだ聖書を漫画化したものに出てくる彼の描写から、老齢の預言者のイメージを持っていたが、もしかするともう少し若かったかもしれない。

ナタンはソロモンの擁立で中心的役割を果たし、またソロモンの事績を記録しているため(列下9:29)、 ダビデと同世代くらいか、それ以上に若い可能性もある。

ソロモンが神殿周りの仕事に着手したのはレビ人が幕屋の仕事に従事し始める25歳を越えて以降と思われる(民数記8:24)ので、ソロモンの治世4年(列上6:1)に彼は25歳以上、従って即位時に21歳以上である。ダビデの治世40年間のうち、第19年以前に生まれていることになる。ソロモンはエルサレムで生まれているので、ダビデの治世第7年以降に生まれているし、バテシェバとダビデが関係を持ったのはエルサレム入城以降であり、さらに一子を亡くして以降であることから、ソロモンの誕生はダビデの治世第9年以降である。第9年から第19年の間のどこかに、ウリヤの殺害、ナタンの叱責、ソロモンの誕生のできごとが起こっている。

例えばダビデの死去時にナタンが80歳であってその後もしばらく長生きしたとしても、ナタンの(40代の)ダビデに対する叱責はナタンが50代の頃ということになる。そこまでおじいちゃんではない。詩編90編によれば作者(ダビデ?)の頃の人の平均的な寿命は七十歳で、健やかな人でも八十歳までとあるため、実際にはナタンはもっと若く、ダビデとやはり同年代以下かもしれない。

ただもし三十勇士アハライの子ザバデをアフライの曾孫ザブデと同一視する場合、三十勇士はダビデを全イスラエルの上に王とする過程に関わったことが示唆されているため、ダビデがエルサレムで即位する治世第7/8年にザバデが20歳、したがってザブデの父ナタンがこのザバデの父であるならば35歳以上ということになる。この場合、ダビデより2,3年以上は若くない。結局ナタンはダビデと同年齢くらいでダビデより数年長く生き、ソロモンの治世の最初期を記録した後に亡くなったというストーリーになるかもしれない。


「ダビデの子」に関する預言

ダビデはモアブ人の女ルツを曽祖母に持っており、アンモン人ナハシュの子を異父姉妹に持っており(サム下17:25, 歴上2:16-17)、異邦人に対して開かれた態度を持っていたかもしれない。

ナタンはメシア預言と解釈される預言(サム下7:12-14, ヘブル1:5)において、「ダビデの子をわたしの子にする」という神の宣言を述べている。このことがもとになって、ユダヤ人たちは救世主のことを「ダビデの子」と呼んでいたと思われる(マタイ1:1, 9:27, 22:42-45)。

このダビデの再来としてのメシア像は、少なくともユダヤ人の間では、軍事力によって再び独立国家を樹立する指導者としてのイメージと結びついていただろう。しかしイエスはダビデの軍事指導者的側面を少なくとも目に見える形では受け継いでいない。「ダビデの子」としてのメシアの働きの一つは、異邦人を神の民に加える働きであったかもしれない。異邦の背景を持っていたかもしれないナタンにとっても、ダビデの子に期待する役割は軍事力により境界を守る王ではなく、異邦世界との境界を越えた調和を実現する王であったかもしれない。

ナタンはダビデの子ソロモンの擁立において中心的な役割を果たしている。彼がその後のソロモンの政策にどれくらい影響力を及ぼしたかはわからないが、ソロモンが異邦世界との婚姻による和平を追求したのはナタンには適切と思われたかもしれない。列王記上11:1によればソロモンは「モアブ人、アンモン人、ファラオの娘、エドム人、シドン人、ヒッタイト人」を愛したとある。列王記記者は「これらの国民について主は『あなたがたは彼らと交わってはならない』と言った」と述べてソロモンを非難しているが、実際に律法で「婚姻してはならない」とされているのは「ヒッタイト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人(申命記7:1-4)」であり、ここで挙げられているソロモンの愛人たちは直接は関係がない人が多い。律法違反でもなく見えるので(実は多くの妻を持つことが律法違反だが cf. 申命記17:17)、預言者ナタンの支持のもとに政略結婚が進められた可能性もあるかもしれない。実際、ソロモンの次代レハブアムは、ソロモンの治世四十年間の後で四十一歳で即位しているため、ソロモンの治世の最初期かあるいは即位前に生まれている可能性が高いが、彼はアンモン人の妻による子であり、ソロモンがアンモン人を娶った頃、ソロモン擁立の首謀者である預言者ナタンは存命である可能性が高い。

”ソロモンがエルサレムで全イスラエルを治めたのは四十年であった。ソロモンは先祖と共に眠りにつき、父ダビデの町に葬られ、その子レハブアムがソロモンに代わって王となった。” 列王記上11:42-43
”ユダではソロモンの子レハブアムが王位についた。レハブアムは四十一歳で王となり、十七年間エルサレムで王位にあった。エルサレムは、主が御名を置くためにイスラエルのすべての部族の中から選ばれた都であった。レハブアムの母は名をナアマと言い、アンモン人であった。” 列王記上14:21

しかしこの異邦人との婚姻の流れは、列王記記者からすれば、悪の元凶以外の何ものでもなかった。ソロモンの政略結婚の何がそんなにいけないものだったのか、新約の視点で考えてもいけないことに変わりないことなのか、もう少し考えたい。


ナタンの叱責

ナタンが異邦人との混血であったという仮説を引きずって考えてみると、ダビデがヒッタイト人ウリヤを軽んじてその妻を奪い、さらに殺害した(サム下11章)のは、行為自体の許し難さだけでなく、ナタンにとってのダビデの特別な徳の一つであったかもしれない「異邦人に対する憐れみと公正」について深く裏切られた意識があったかもしれない。

ナタンの叱責の記事(12章)はただ神の言葉を預かってきたというだけではなく、非常に巧妙なレトリックを用いて、ダビデを反論の余地なく打ちのめす意図も感じられ、もしかするとナタン自身の怒りと使命感を反映しているのかもしれない。このナタンの呪いとも言える預言ののち、確かにダビデ王家は混乱が続いていく。ただ、ダビデ自身は、うるさい預言者を処刑してますます暴君化することを選ばず、悔い改めることを選んだ(詩編51編)。自身に辛辣な批判を浴びせたナタンの名を、バテ・シェバと自分の間の子の一人に付けた(サム下5:14, 歴上3:5)のも、彼のへりくだりの態度の現れかもしれない。そしてこのダビデの悔い改めの象徴とも言える王子ナタンを通して、ダビデはメシアの父となった。

イエスが宣教を始められたときはおよそ三十歳であった。イエスはヨセフの子と思われていた。ヨセフはエリの子、それからさかのぼると、マタト、レビ、メルキ、ヤナイ、ヨセフ、マタティア、アモス、ナウム、エスリ、ナガイ、マハト、マタティア、セメイン、ヨセク、ヨダ、ヨハナン、レサ、ゼルバベル、シャルティエル、ネリ、メルキ、アディ、コサム、エルマダム、エル、ヨシュア、エリエゼル、ヨリム、マタト、レビ、シメオン、ユダ、ヨセフ、ヨナム、エリアキム、メレア、メンナ、マタタ、ナタンダビデ、エッサイ、オベド、ボアズ、サラ、ナフション、アミナダブ、アドミン、アルニ、ヘツロン、ペレツ、ユダ、ヤコブ、イサク、アブラハム、テラ、ナホル、セルグ、レウ、ペレグ、エベル、シェラ、カイナム、アルパクシャド、セム、ノア、レメク、メトシェラ、エノク、イエレド、マハラルエル、ケナン、エノシュ、セト、アダム。そして神に至る。” ルカ3章

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