『ネブカドネツァル年代記(Nebchadnezzar Chronicles)』ABC5
http://www.livius.org/sources/content/mesopotamian-chronicles-content/abc-5-jerusalem-chronicle/
ネブカドネツァル年代記(別名エルサレム年代記, ABC5)は、新バビロニア王国のネブカドネツァル二世の統治前半の出来事について記録したものであり、南ユダ王国征服の様子が含まれる。
一行以内の欠落を[…]で示す。
月の名前は[]内にグレゴリオ暦の月を算用数字で、ユダヤ暦を漢数字で示す。
:::::以下翻訳:::::
[表面1]
[ナボポラッサルの]第二十一年[BC605/604]に、アッカドの王[ナボポラッサル]は彼自身の土地に留まって、彼の最年長の子、王太子ネブカドネツァルが
[表面2]
バビロニアの軍を召集し、彼の軍勢の指揮を執った。彼はカルケミシュへと進軍した。そこはユーフラテスの土手にある。
[表面3]
そしてカルケミシュにあったエジプト軍に対抗して行くべくその河を横断した。
[表面4]
彼らは互いと戦い、エジプト軍は彼の前に退却した。
[表面5]
彼は[敵]の敗北を成し遂げ、彼らを無に帰すまで倒した。エジプト軍の残りについては、
[表面6]
すなわち彼らに[敵の]武器が到達しなかったほど素早く敗北から逃れた者たちについては、ハマテ地方において
[表面7]
バビロニアの軍勢が追い越して彼らを打倒した。それで一人も自分の国に逃れられないほどであった。
[表面8]
その時、ネブカドネツァルはハマテの全地域を征服した。
[表面9]
ナボポラッサルは二十一年間、バビロンの王であった。
[表面10]
アブ[の月][7/8月, 第五月]の八[日]に彼はその天命に到達した[死んだ]。ウルルの月[8/9月, 第六月]にネブカドネツァルはバビロンに返り、
そしてウルル[の月]の一[日]に彼はバビロンの王座に座った。
[表面12]
即位の年においてネブカドネツァルは再びハッティ[ヒッタイト]の土地[訳注:シリアのこと]へと戻り行き、そしてシャバトゥの月までにハッティの土地に渡って抵抗を受けずに進軍した。シャバトゥの月に彼はハッティの領土の重い貢物をバビロンへと取った。
[表面14]
ネサンヌの月[3/4月, 第一月]に彼はベル[訳注:バビロニアの神]とベルの子の手を取って、アキトゥ祭を祝った。
[表面15]
ネブカドネツァルの第一年、スィマヌの月[5/6月, 第三月]に彼は彼の軍を召集した。
[表面16]
そしてハッティの領土に行き、ハッティの領土内を抵抗を受けずにキスリムの月[11/12月, 第九月]まで進軍し回った。
ハッティの土地の全ての王たちは彼の前に来た。そして彼は彼らの重い貢物を受け取った。
[表面18]
彼はアシュケロン市まで進軍し、それをキスリムの月に捕獲した。
[表面19]
彼はその王を捕獲し、それを略奪し、そこから戦利品を運び出した。
[表面20]
彼は都市を諸々の廃墟の塁と堆積とに変え、それからシャバトゥの月[1/2月, 第十一月]にバビロンに進軍し戻った。
[表面21]
第二年のアヤルの月[4/5月, 第二月]にアッカドの王[ネブカドネツァル]は強力な軍を集合させ、ハッティの土地へ進軍した。
[表面22]
[…]彼は投げ落とし、大きな攻城塔を彼は[…]
[表面23]
[…]アヤルの月から[…]つ[き]まで、彼はハッティの土地で抵抗を受けずに進軍し回った。
[表面24-27]
[四行欠落]
[裏面]
[何行か欠落]
[裏面1']
第三年にアッカドの王は発って
[裏面2']
[…]の月の十三日、[王弟]ナブシュマリシル[Nabû-šuma-lišir]が[…]
[裏面3']
アッカドの王は彼の軍勢を召集してハッティの土地へ進軍した。
[裏面4']
そしてハッティの土地からのより多くの戦利品をアッカドへと運び戻った。
[裏面5']
第四年にアッカドの王は彼の軍を召集してハッティの土地へ進軍した。ハッティの土地で彼は抵抗を受けずに進軍した。
[裏面6']
キスリムの月に彼は彼の軍を率いてエジプトへ進軍した。エジプトの王はそれを聞き彼の軍を召集した。
[裏面7']
野戦で彼らは互いの突出[した部隊]を撃ち、互いに大きな損害を課した。アッカドの王は彼の軍隊と共に反転しバビロンへと返った。
[裏面8']
第五年にアッカドの王は彼自身の土地に留まって、彼の諸々の戦車と馬を大量に集合させた。
[裏面9']
第六年のキスリムの月にアッカドの王は彼の軍を召集しハッティの土地へ進軍した。ハッティの土地から彼はその同行者たちを遣わして
[彼らは]砂漠を捜索してアラブ人たちからより多くの戦利品を取った。すなわち彼らの諸々の財産、諸々の動物、諸々の神を。アダルの月[2/3月, 第十二月]に王は彼自身の土地へと返った。
[裏面11']
第七年[cf.列王下24:12, エレミヤ52:28]のキスリムの月に、アッカドの王は彼の軍勢を召集し、ハッティの土地へ進軍した。
[裏面12']
そしてユダの都市を包囲し、アダルの月の二日[cf.歴代下36:10]に彼はその都市を奪取し王を捕獲した。そこに彼は彼自身の選択である王を任命し、その重い貢物を受け取ってバビロンへと送った。[cf.列王下24:15-17]
[裏面14']
第八年のテベトゥの月[12/1月, 第十月]にアッカドの王はハッティの土地へ、カルケミシュまで進軍した。[…]
[裏面15']
[…]シャバトゥの月に王は彼自身の土地へと返った。
[裏面16']
第九年の[…]の月に、アッカドの王と彼の軍勢はティグリスの土手に沿って進軍し[…]
[裏面17']
エラムの王[…]
[裏面18']
アッカドの王[…]
[裏面19']
すなわちティグリスの土手にある所に彼は彼の宿営を設置した。彼らの間には一日の進軍分の距離がまだあったが、
[裏面20']
エラムの王は恐れ、混乱が彼に降りかかり、彼は彼自身の土地へと返った。
[裏面21']
第十年にアッカドの王は彼自身の土地にいた。キスリムの月からテベトゥの月までアッカドで叛逆があった。
[裏面22']
諸々の武器で彼は彼自身の軍の多くを虐殺した。彼自身の手が彼の敵を捕獲した。
[裏面23']
[…]の月に彼はハッティの土地へ進軍した。そこで王たちと[…]官たちが
[裏面24']
彼の前に来て、彼は彼らの重い貢物を受け取り、それからバビロンへと返った。
[裏面25']
第十一年のキスリムの月に、アッカドの王は彼の軍勢を召集しハッティの土地へと進軍した。
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