創作怪談「深夜のランニング」
僕の友達の話。
既婚者で、名前はHさんとしておきます。マンション暮らしでまだ子どもはいません。
Hさんの仕事はシステムエンジニアです。勤めている会社はフレックスタイム制が売りだったのですが、転職したばっかりなので周囲に気をつかい、自分の都合よりもチームの作業を優先していました。自然と残業が増え、家に帰るのも遅くなる。
そこである日、奥さんに言われます。
「最近太ってきたんじゃない?」
その会社はラウンジに、共用のお菓子スペースがあるらしい。残業のときに甘いものを食べるせいですね。Hさんは転職して二ヶ月で四キロ太ってしまいました。これはいかんと、近所の公園でランニングを始めます。残業のあとのランニングなので、時間はいつも深夜一時くらい。三十分ほど走って家に帰ってシャワー浴びて寝る。そんなルーティンに。
その日も深夜一時。公園の周りをぐるぐると走っていた。閑静な住宅街なのでひとけはほぼない。小さめのウエストバッグにスマホとスポーツドリンクを突っ込んで、服装は上下のジャージ。周囲の音が聞こえなくなると不安なので、走っている間も音楽などはなし。
暗い道を走っていたら、その日はなんとなく寒気がした。なんかおかしいな? これ風邪でもひいちゃったかな……。そんなことを考えていたら、左側に気配がある。
走りながら、その気配にちらっと顔を向けると、ものすごい近距離におばあさんがいた。真っ青な顔色のおばあさんで、目が小さな穴みたいに黒い。それがぴったり並走してくる。並走といっても、足音がしない。Hさんからは角度的に見えなかったけど、どうもそのおばあさんが足を動かしている感じがない。スーッと、浮いているみたいについてくる。
気持ち悪くなったHさんはスピードを上げて、振り返らずにまっすぐ自宅のマンションに戻りました。オートロックのエントランスだったから、そこを抜けただけで少し気持ちが落ち着いた。スポーツドリンクを飲んで、自分の家へ。部屋にはまだ電気がついていて、妻が起きている。
「ただいま……」
「ああ、おかえ──」
おかえりなさい、と言いかけた妻が、悲鳴をあげた。
そのとき初めてHさんは、自分のジャージに真っ白い手形がたくさんついていることに気づいたそうです。
おしまい。
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