鬱病虐待サバイバーが自家焙煎コーヒーショップを開業するまで⑧

もうほとんどが大方進路を決めていた時期だった。就職組はいそいそと説明会に参加し、受験組は大学の資料請求をしたり勉強に専念しようとしている。
真面目に学校に通っていなかったわたしは、いい大学を受験できる訳もなく、歌やアニメが好きだったから声優の専門学校か、わたしでも入れるレベルの大学の文学部に行きたいなと思っていた。

父がなんの前触れもなく消息を経ってしまい、最初に思ったのは「進路どうしよう」だった。モラトリアムを与えられず社会に突き落とされる恐ろしさや、貧困の連鎖が頭の隅を掠める。

だが幸運なことに、友人と応募していた応募していた声優の専門学校の特待生枠のオーディション。その予選の合格通知がわたしには来ていた。デモ音源で椎名林檎の『オルゴール』を歌って録音したものと、プロフィール写真(全身とバストアップ2種類)をつけた自己PRをどうせ予選落ちだろうと思いながらも送ったものが、なんと審査員の目に止まったのだ。若さもあって伸びしろを感じてもらえたのかもしれない。本選は東京の新宿だ。新宿なんて行ったこともないし、なんだかとても遠くの怖いところのように思った。

わたしの進退はオーディションの結果次第で決まる。先生に相談したところいまさら就職組には入れないらしいので、だめなら高校を出てすぐにフリーターとして働くしかない。とにかく腹を決めるしかないのだ。



京都駅八条口のロータリー近くには、夜行バスの到着を待つ人がバラバラに立っていた。
ヘッドライトで夜を切り裂きながらバスが近づいてくる。到着すると予約していた乗客は名前をつげて順々に乗り込んでいく。私は付き添いの友人と共に狭いシートに体を押し込んだ。東京まで約9時間ほどかかる。眠れるだろうか。興奮と緊張が入り混じっていた。

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