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#37「世間一般的に大切だと言われてるキャプションは、僕にとっては絶対に必要のないものだという話」

こんばんは、macotoです。
仕事が終わって家に帰ると、室温が30度を超えていて困っています。下の階の人は焚き火でもしてるのでしょうか。(※木造)

さて今日は、よく耳にする「キャプション」について少しお話ししようかと思います。TwitterやInstagramは、今やフォトグラファーさんたちが自分の作品を共有するプラットフォームとして浸透しています。そして「キャプション」とは、それらSNSに投稿する写真や作品に添える文章や言葉のことです。キャプション=タイトルだったりする場合もあります。皆さんも一度は考えたことがあるのではないでしょうか。

SNSを通じて自分の写真が広く知れ渡るためには、この「キャプション」がかなり重要だと、世間一般的には考えられています。そんな重要だと言われている「キャプション」は、なぜ僕にとっては必要のないものなのか、2つの視点に分けてお話ししていきます。

1. なぜ写真を撮るのか

正直、この問いに対する答えが全てです。答えは「言葉で伝えることに向いていないから」です。

今までのnoteでも何度か書いているのですが、僕は言葉で何かを伝えることが苦手です。そのような自分自身の性格をカバーする手段として写真を撮っています。(もちろん単純に写真が好きというのもあります)

ですので、その写真に「キャプション」をつけようなんて本末転倒なんです。キャプションをつけられるぐらいならこんなに写真なんて撮っていません。それに、写真にキャプションをつけることは絶対ではありません。SNSでバズりたいのであれば話は別だと思いますが。

2. 何を考えてシャッター切っているのか

皆さんはシャッターを切るとき、何を考えていますか。もしくは、なんでそれを撮ろうと思ったんですか。僕はいつも、「なんかいい」と思ったからシャッターを切っています。こんなことばかり言っていると、ただの語彙力のない人だと思われてしまいますね笑

けど本当にそうなんですよね。「なんかいい」を無理に言語化しようとしたり深掘りしようとすると、せっかくの自分の感性を失ってしまう気がしています。「なんかいい」は「なんかいい」のままがいいんです。だから、無理にその写真を言語化しようとは思いません。無理に言語化された写真はなんだか窮屈に見えます。

おわりに

キャプションが悪いものだとは思っていません。SNSでバズるには絶対必要だと思うし、その写真に込めた思いを文字で表現したい人もたくさんいると思います。ただ、キャプションが必ずしも大事なものだとも思っていません。少なくとも僕には必要がなかっただけの話です。

もし今キャプションで悩んでいる人がいるのであれば、僕のように「キャプションがない方がいい人もいる」ということを頭の片隅に入れておいてもらえればと思います。

ではまた。

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