『ドラゴンボールの息子』その11「僕とナッパのおじさん」
僕は子どもの頃にアニメ脚本家の父に連れられて、声優さんたちが映像に声を吹き込む作業、通称『アフレコ』の見学に行くことがありました。
その頃には気づいていませんでしたが、これも我が家の特殊な環境のひとつだったに違いありません。
ある日、父が主宰していたぶらざあのっぽが原案を務めた「アイドル伝説 えり子」という作品のアフレコ見学に出かけました。
この作品の収録が行われていたのは新宿のとある雑居ビルで、子供の僕からすると見るからに怪しい雰囲気が漂っていました。
中に入るとそこは、たくさんの大人たちが集まっているのにもかかわらず、なぜか静けさが保たれている「ちょっと不思議な場所」。
「音声を収録する場所」ですから、みんなが静かにしているのは当たり前なんです。
父はもちろん仕事として来ていましたが、僕は本当にただの「見学」なので、申し訳ないことに到着してすぐに飽きてしまいました(笑)
というのも、アフレコ現場ではみなさんが普段テレビなどでご覧になるようなアニメーションを見ながら収録をするわけではありません。
まだBGMや効果音など、何も入っていない「ただの動く絵」を前に、声優さんたちが入れ替わり立ち代わり声を吹き込んでいくわけです。
中には同じシーンを何回も分けて収録したり、
それはまさにプロによる淡々とした作業。
僕はその後姿をただ眺めているだけですから、
子供にとっては退屈だったんだと思います。
そうしているうちにAパート(前半)の収録が終わり、現場は休憩時間になりました。
僕と父がスタジオの廊下で休んでいると、
ある『おじさん』が話しかけて来たのです。
その人は「アイドル伝説 えり子」で主人公をひたすらイジメ抜く、芸能プロダクションの社長役を演じられていた飯塚昭三さんでした。
飯塚さんは『忍たま乱太郎』の稗田八方斎、『機動戦士ガンダム』のリュウ・ホセイ、映画『カールじいさんの空飛ぶ家』の主人公カール・フレドリクセン役など、数多くの有名作品で知られる大御所声優さんです。
「真くん、ナッパは好きかい?」
飯塚さんは子供の頃の僕を見つけて、
あの低く美しい声でこうおっしゃいました。
そう、飯塚さんはドラゴンボールの悪役である「ナッパ」も演じられていたのです。
ナッパとは、宇宙から地球を襲いにやって来た戦闘民族サイヤ人のひとり。
地球を守ろうとする善側のキャラクターたちを軒並みその圧倒的パワーで殺して回る姿に、この当時の子供たちはみんな、恐怖のどん底へ叩き落とされたものです。
「僕はナッパなんて、大嫌いだ! あんな悪いヤツ!」
おいおい正直すぎるぜ、当時の僕……!
まさか目の前にいるおじさんがナッパの中の人だなんて知らないので、子供心に思ったことをまっすぐに言ってしまったのです。
その時、隣にいた父の気持ちを考えるとゾッとしますけどね……汗
「ええ~!? ナッパは最強なのになぁ~!」
飯塚さんは僕のそんな失礼な発言を聞いても、
笑顔で優しく対応してくださいました。
どれだけいい人なんだ、ナッパのおじさん……笑
それからしばらくたって、僕はまたアフレコ見学に行きました。
すると、飯塚さんが今回も僕に話しかけに来てくださったのです。
そして僕に向けて、何かを握りしめている右手を差し出しました。
「キミに、これをあげよう……!」
またあの低く美しい声でそう言いました。
飯塚さんの手の中にあったのはその昔、子供たちの間で流行していたボタンを押すと「銃声」や「レーザー光線」などの電子音が鳴るサウンドキーホルダーという小さなおもちゃでした。
ネットで拝借した画像ですが、
たぶんこれと同じものです!!!
覚えている方、いらっしゃいますかね……??
これをもらった僕はもう大喜び。なんといっても、あとで収録中に鳴らして父に怒られたくらいですから(笑)
「どうだい、これでナッパを好きになってくれたかな?」
飯塚さんは本当に優しい笑顔をされてました。
ここまでして頂いたら、さすがの僕でもナッパを好きにならないわけがありません。
この一瞬で「史上最悪の悪役」から「実は優しいおじさん」へと変身したのです。
これは、超サイヤ人以上の変身ですね(笑)
今となっては、本当にいい想い出。
いつか僕が自分の脚本担当作で飯塚昭三さんにお会いして、あの時の感謝の気持ちを伝えることを夢見ています。
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