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無害なひとは誰だったのか【わたしに無害なひと】

「わたしに無害なひと」
チェ・ウニョン 著/古川綾子 訳

誰も傷つけたりしないと信じていた。
苦痛を与える人になりたくなかった。


短編集の一話目は「あの夏」。読んで印象に残ったことはまずは風景描写の美しさだった。
イギョンとスイが出会った日。描かれる田舎の景色や夏の色、匂い、光と影。それらがみずみずしく眩しさを感じた。そこには2人だけの世界が広がっており、2人の幼くも芽生えた恋がそこにあった。
だからその先の都会の景色や生活が対極に浮き彫りになる。世界が変わり人の気持ちも変わる。少女は少女のままではいられないと気付かされる。

誰も傷つけたりしないと信じていた。
苦痛を与える人になりたくなかった。


それは夢物語なのだ。
人はそう願っていても、社会に出て様々な人と過ごしているうちにそれが不可能なことだとわかってしまう。すべての人に好かれることが無理なように。

「告白」も読んでいて心が痛むような描写があった。「夏の日」とはまた違う、切られるような鋭い痛みに似ている。
カミングアウト後に起きた出来事の、遺された側の世界。
あの時、あの言葉をあの態度をとらなければあの子は…後悔という二文字でも言い表せられない。それでも遺された側は生きていかなければならない。

「無害なひと」の正体


タイトルの「無害なひと」は、この本の中に出てきたのか?
わたしは答えは否だと思う。
そしてこの世界に「無害なひと」は存在できない。
わたしもずいぶんと多くの人を傷つけたし、苦痛を与えてきたと思う。
それは反対の立場も同様で、傷つけられたし苦痛を与えられた。
その人たちを全て憎んでいるかというと、そうではない。少なくとも時間が痛みを風化させ、または許している人ばかりだ。

無害なひとはいない。無害なひとにはなれない。
この短編集からそれを再認識させられた。

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