F1の歴史上、最も影響力のある人とは?

Formula 1.comでのトーナメント

Webニュースで「ゴードン・マレー、F1史上最も影響力のある技術革新者に輝く」という記事が目に止まった。ゴードン・マレー氏は永くブラバムチームのデザイナーを務めていたデザイナーで確かに数々の佳作マシンを生み出している。彼の設計した車の中で最も有名なのはブラバムBT46B、いわゆるファン・カーだろう。しかし、こういうキワモノだけではなく、セナ・プロで年間16戦中15勝の偉業を達成したマクラーレンMP4/4やネルソン・ピケが二度チャンピオンに輝いたブラバムBT49C/52などの名作を生み出している。そういう意味では優れたデザイナーの1人であることは間違いない。私が最初にF1に興味を持った1970年代中頃は様々なスタイルのF1マシンが並んでいた。マレー氏が設計していたブラバムはBT44-46までは断面が三角形状の「トライアンギュラー・モノコック」を採用しており、シンプルで低重心で剛性の高そうなシャシー(三角パックの牛乳のイメージ)が特徴的だった。また、後に主流となるプルロッドサスペンションを先駆けて採用するなど、技術的なチャレンジを恐れないデザイナーだったと思う。そして時には失敗作も作り出す愛嬌も持ち合わせていた。ファン・カーのベースとなったブラバム BT46は通常のラジエターではなくボディの表面に冷却水を流して冷却する表面冷却装置(このアイデアでニキ・ラウダを勧誘したらしい)を備えていたが、全く使い物にならなかったり、BT55では低重心化のためにBMWの直4エンジンを倒して搭載したりすることもあった。ただ、この低重心のアイデアは後のマクラーレンホンダMP4/4にて結実するのであった。

誰が「最も影響力のある技術的革新者」か?・・・私見

これまでゴードン・マレー氏の業績を簡単に紹介してきたが、ここで振り返って彼が「最も影響力のある技術的革新者」と言えるか、ということについて考えてみたい。結論から言えば「No」である。F1の技術的進化については別稿で纏めたいと考えているが、F1に影響力を残したデザイナーはコーリン・チャップマン(60-70年代)、ジョン・バーナード(80年代) 、エイドリアン・ニューウェイ (90-10年代)、ロリー・バーン(90-00年代)といえると思う。マレー氏はこれらのメンバーから見ると一歩下がるのではないかと思う(これにF1のデザイナーではないが革新的な技術の導入を試み続けたジム・ホールも加えたいところだが)。なぜなら、「業績を残した」ではなく、「影響を与えた」という基準のはずで、そうだとすると他のデザイナーにどれだけコピーされたか、ということが基準だからである。そしてこの基準から見れば最も「コピーされた」=基準を作った=デザイナーはチャップマンしかいないだろう。ということで選定のルールを見てみると、選ばれた8人の候補の人気投票トーナメントのようだ。候補は(1) エイドリアン・ニューウェイ、(2)マウロ・フォルギエリ、(3)パトリック・ヘッド、(4)ジョン・クーパー、(5)ゴードン・マレー、(6)コスワース、(7)ジョン・バーナード、(8)アンディ・コーウェル、となっていて、チャップマンはいない。疑問に思って見てみるとチャップマンは”Team Bosses”のところでノミネートされていた。しかし、誰が何と言おうと”Most Influential Innovator”はチャップマンである。

コーリン・チャップマンの功績

今のF1ファンの人たちはチャップマンも彼のチーム・ロータスについても知らない人が多いのかもしれない。60年代から80年代半ばにかけて彼の率いるロータスの導入する革命的なテクノロジーはF1の一つのスタンダードだった。今では当たり前のモノコックシャシーをロータス25で導入し、エンジンをストレスメンバー・車体の構造体として用いるアイデアや、ウイングを用いてダウンフォースを獲得するというアイデアもチャップマンが最初だった(F1に採用したのはフェラーリに先を越されたが)。さらにボディ上面全体でダウンフォースを得るウェッジシェイプや重量バランスを考慮したサイド・ラジエターを装備したロータス72、そして極め付けは車体の下面でダウンフォースを発生するグラウンドエフェクトのアイデアを初導入したロータス78 & 79などである。これらの技術はこぞって他チームにコピーされたことは疑いはない。その後は残念ながら存命中に実現はしなかったがアクティブサスペンションにまで手を出そうとしていた。加えて技術的ではないが車体を広告主のブランドに塗装してスポンサーマネーをF1に導入したのもチャップマンのアイデアである。これらの功績と見比べると後のデザイナー達は残念ながら見劣りすると言わざるを得ない。それは彼らが劣っているからではなく、開発の余地が少なくなってきたからともいえる。

各候補についての私見

(1) エイドリアン・ニューウェイ:ウィリアムズ→マクラーレン→レッドブルと彼が達成した革新は素晴らしい。一言で言えば”洗練”といえる。マクラーレンMP4/18以外ほとんど大外ししないのも秀逸である。しかし革命的とまでは言えない。
(2)マウロ・フォルギエリ:フェラーリ312Tシリーズでラウダを支えた功績は大きい。しかし革新的な技術とまでは言えなかった。
(3)パトリック・ヘッド:ウィリアムズのアプローチは常に「堅実」だった。ロータス79の弱点であるシャシー剛性やスカートを強化したウィリアムズFW07や1985年までカーボンモノコックを採用しなかったアプローチなど。FW14Bは例外だが、ニューウェイの貢献が大きい。
(4)ジョン・クーパー:F1にミッドシップを導入した功績は偉大だが、それ以上ではない。ミニ・クーパーとして名前は残っている。
(5)ゴードン・マレー:前述
(6)コスワース:実際にはマイク・コスティンとキース・ダックワースの2人でフォード・コスワースDFVエンジンを開発したが、開発を依頼したのはチャップマン。
(7)ジョン・バーナード:マクラーレンMP4/1でカーボンモノコックの採用と、車体後部をコークボトルシェイプにして車体の側面を流れる空気をダウンフォース生成に活用するアイデア(チャップマンは上面と下面を利用するアイデア)、そしてフェラーリ640ではセミ・オートマチック・トランスミッションを採用した。しかし、MP4/1のカーボン・モノコックはチャップマンのロータス88と同着だし、チャップマンは1958年のロータス・エリートでグラスファイバーのモノコックを使っている。また、セミ・オートマについても1974年のロータス76で電磁クラッチを採用していた。
(8)アンディ・コーウェル:正直「この人誰?」という感じだが、メルセデスのパワーユニットの開発者らしい。革新的なエンジン・PUのデザイナーというのであれば、ルノーターボエンジンの開発者であるフランソワ・キャスタンの方が影響力があったと言えるだろう。
このメンツの中でどうしても1人選べといわれれば、(1) エイドリアン・ニューウェイかな、と思う。

70年の歴史の中で様々な技術革新が行われてきたF1の中で誰が一番か、というのを決めることは企画としては興味深いが、各分野でそれぞれ8名を絞り込むのは難しいだろう。また、最終的な勝者?は人気投票なのだから最近の人物が有利なのは仕方がない。しかし、候補選定には疑問が残ると思った。そこで、他の分野を見てみると、という話は長くなったので後の機会に。。。。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?