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Bortkomlingenのために

『ムーミンパパ海へいく』
登場する、謎めいた「漁師」

ムーミン一家が移り住んだ
灯台のある小さな島の
西のはずれにひっそりと暮らし
一家との関りを持とうとはしない。

「漁師」との出会い。
「おもどり……遠くまで来すぎたよ……」

ちびのミイは「漁師」を
面白がり、彼のことを
bortkomlingenと呼んでいる。

このbortkomlingenという
言葉で思い出すのは
Bo Carpelan(スウェーデン語系
フィンランド人の詩人・作家)の
インタビュー(1964年)で
誰のために物語を描いているのか?
と問われた際のトーベの答えだ。

私の物語が誰のために、
どんな読者のために
向けてのものなのかと言われたら
たぶん、スクルットに、
ということでしょうね。
つまり、自分にぴったりの居場所を
見つけられなかったり、
疎外されていたり、
ぎりぎりのところににいたり、
何というか、小さくて、むさくるしくて
みんなについていけないような人たち、
そう、Bortkomlingenのために。

翻訳:畑中麻紀

Bortkomlingenというのは
bortkommaが語源と思われる
トーベの造語で
「はぐれ者」「はみ出し者」
「落ちこぼれ」「(精神的に)迷う人」
「臆病な変わり者」
といったニュアンスの言葉だ。

他者との距離を置きまくる
「漁師」のことをbortkomlingen
と言い表すちびのミイ。

「あの漁師は、はみだし者
頭の中には、海草しか
つまっていないのよ」

新版『ムーミンパパ海へいく』2章

そして8章では
ムーミンママも漁師のことを
bortkomlingenと呼ぶという……。

「こうなったら、ね。わたしが自分で行って、
礼儀正しいむかしふうのやりかたで、
臆病でへんくつなあのひとを招待してくるわ」

新版『ムーミンパパ海へいく』8章

しかし、物語の終盤
borgkomlingenは
それまで逃げ回っていた
自分自身と対峙する。

『ムーミンパパ海へいく』
(原題『パパと海』)は
パパだけではなく
語られる者たちそれぞれの
レジリエンスの物語と
評されることが多い。

本土から遠く離れた小さな島の
灯台守に戻ることに対して
「めでたしめでたし」と
安易には言えないだろう。

それでもトーベは
borgkomlingenに向けて
物語を紡ぐのだ。

「やあ、思い出したよ。
 おれたちは、
 ぼうしをまちがえてたね」

新版『ムーミンパパ海へいく』8章
このシーンはArabiaムーミンマグのモチーフになっています

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