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石版画?栞?


ムーミン谷の冬』でムーミントロールは
春はまだ遠いというのに自分だけ
冬眠から覚めてしまう。

同じく途中覚醒したちびのミイとは
心細さを分かち合えず、募る淋しさを
紛らわそうと、ムーミントロールは
屋根裏部屋で見つけた「石版画」を部屋の壁に
貼っていく…というのが旧版訳。

ところがここは原書を見ると
glansbilderとなっている。
石版画(リトグラフ)ならば
litografiだし、そもそもglansbilderって…?

瑞英・瑞瑞辞書には見当たらず、
(glans=つやつやの
 bilder=絵・写真・イラストの
という言葉はあるが、glansbilderはヒットせず)
スウェーデン語系フィンランド人のスウェーデン語辞典に
bokmärkeの一種という記載があった。
bokmärkeっていうと…栞?

当時はWikipediaを調べても説明が乏しく
ネット検索したら、こんな画像が。
(ノルウェー語のサイト)

え、これってもしかして…

この「クロモス」、ムーミン美術館に昔々
行った際に買ったことがあるのだ。
コーティング紙だけど、かなり薄手の紙のものだ。
結構小さくて、壁に貼っても…うーん。

そこで、Facebook内にある
スウェーデン語系フィンランド人の
言語コミュニティで質問をしてみた。

『ムーミン谷の冬』に出てくるglansbilderは栞のことですか?(英語版ではpaper decalsになっています)

すると続々とお答えが。

栞じゃなくて、これのことだと思うよ

(ですよね、でも今一つよくわからなくて…)

そのとおり。フィンランド語でいうkiiltokuvaのことね

(ふむふむ、検索。にゃーん、かわいい)

glansbildはフィンランドでの言い方で、スウェーデンだとbokmärkeだよね。そして、トーベ・ヤンソンはスウェーデン系フィンランド人作家。


(おおっ、やっぱりfinlandssvenskaなのか!)

いやいや、finlandssvenskaだとたぶん、bokmärkeとglansbildは別物になると思う。Bokmärkenは紙か織物(布)でできていて、長方形で本に挟んでおくやつだけど、glansbildは形が色々で、箔押しのものも多い。そして、栞に特化したものではないよ。

(なるほど、なるほど!)

「1940年~1950年代に集めてました。天使や花がモチーフでキラキラ光っているのが多かったわ。友達と交換して、お互いのメモリーブックに貼ってたわ。ちょっとした詩を添えたりしてね」
「よく集めて、交換してました。Bokmärkenとは別物ね」
「Glansbilderはbokmärkenじゃないです。よく女の子が日記とかに貼り付けてたよ」

画像検索したものと一致しているし、使い方もわかってきた!

そして、シリーズ中では『ムーミン谷の冬』が
イチオシ!なThomas師匠からの回答がこちら。

僕がこどもの時にTrollvinterを読んで、glansbilderが何かわからなくて困りはしなかったよ。スウェーデンにもあったからね。ちょっと光沢のある紙でできていて、角度によってキラキラしたりするんだ。犬とかプリンセスとか花とかの形に切り抜かれていて、浮き彫りっぽくなっている感じ。四角いのもあったけど、大抵は角がなくて丸みを帯びた形。栞に使うこともあったけど、栞に特化したものではないよ。

(Thomasはスウェーデン語系スウェーデン人です)

皆さんの説明を総合すると、なるほど、
本文の描写もしっくりくる。

花や朝日、あざやかな色の車輪がついた小さな手おし車の絵。きらきらと明るくて、のどかな絵を見ると、自分がなくしてしまった世界のことが思い出されてしかたありませんでした。

新版『ムーミン谷の冬』3章

このやりとりは2018年のことで
当時のWikipediaの説明は今一つだったが
2023年現在のページを参照すると
かなり詳しくなっている。
(項目としてはBokmärke)

https://sv.wikipedia.org/wiki/Bokm%C3%A4rke_(samlarobjekt)

上記を読むと、元々はリトグラフ印刷だった旨が
説明されていて、
アルバムに貼られている画像もある。
旧版訳の「石版画」もあながち
「間違い」ではない、というわけだ。

さて、新版訳をどうするか。
「つやつやしたきれいな絵」や
「クロモス」を提案したところ、
うーん、「かざり絵」でという話に。

校正時に、Glansbilder の必須要素である
「光沢」を入れてほしい、
光沢がある紙=少し厚手の紙とわかるし、
イメージしやすくなるので…と
「つやつやのかざり絵」を推すも却下、
再校時にもう一度粘った。

大人になって原書を読むまでは(底本は「石版画」)この絵はポスターくらいの大きさのものを想像していました(大きな箱に入っていますし)。実際には、栞くらいの大きさですので、かなりイメージが違ってきます。せめてサイズ感がわかるように「小さな」と入れていただけませんでしょうか…。

結果、「小さなかざり絵」で決定。
ムーミン全集が再び改訂or新訳される頃には
「クロモス」で充分、通じるかもね。

いよいよ、風がまっすぐに居間まで入ってきました。風はシャンデリアのレースからほこりをふきはらい、タイルストーブの灰を舞いあがらせました。それから、ぐるりと壁にはりつけてある絵を、ひらひらさせました。その中の一枚がはがれて、吹き飛ばされていきました。

新版『ムーミン谷の冬』6章
ここで描写されているのもglansbilderです


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