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参議院予算委員会公聴会での公述について

3月8日(火)に、参議院の予算委員会公聴会に、公述人としてお招きを受けました。その際の発言と資料です。

本日は公述をさせていただく機会を賜り、ありがとうございます。経済・財政運営に関して、中でもとりわけ「人」への投資の効果をどのように高めるかという観点で、私の専門である教育経済学の研究成果に基づいてお話をさせていただきます。2ページ目は、2020年に経済学の最も権威ある国際学術誌の1つであるQuarterly Journal of Economicsに掲載された論文の図表です。これは、過去50年間にアメリカで行われた133の公共政策の費用対効果を算出しています。縦軸に費用対効果、横軸に政策の対象となる個人の平均的な年齢を取ったグラフです。費用対効果の高い政策は左側の上部、すなわち政策の受益者の年齢が低い時に行われるものに集中していることがわかります。公共政策は、社会保険、職業訓練、現金給付など多岐にわたりますが、その中でもっとも費用対効果が高いのは子供の教育と健康への投資であるということになります。この論文では、子供の教育や健康への投資を行った政府の政策の多くは、子どもが大人になった後の税収の増加や社会保障費の削減によって、初期の支出を回収できていることも示しています

資料2ページ目「費用対効果が高い公共政策とは?」

しかし、子供の教育や健康について行われる支出であれば、どのようなものでも費用対効果が高いわけではありません。経済学では需要と供給の理論を用いて、多くの経済現象を説明しようとします。教育も例外ではありません。このため、私たちは、教育政策には教育の需要を喚起するような刺激策や再分配政策と、教育の質を高めるような供給側への投資を分けて考えます。教育需要を喚起するような政策は時として有効です。例えば開発途上国で就学率が低い場合に、主に貧困世帯の子供たちの学費を無償化することによって就学率を一気に向上させたというような事例は枚挙にいとまがありません。しかし、このような教育需要を喚起する目的で行われた再分配政策は、子供の学力や学歴に与える影響は一時的で、かつ費用対効果に優れないことを示す研究も少なくありません。

今の日本においても、再分配政策があまりうまく機能していない可能性があります。3ページをご覧ください。これは、兵庫県尼崎市から提供を受けた市内の保育所に支払われる保育料の分布です。グラフの一番下にあります緑の分布が2000年のもの、一番上の黄色が2015年のものです。これをみると、2000年時点では、保育所利用料は0円のところが最も多くなっていることがわかります。保育所は、児童福祉施設の1つであり、保育料は応能負担となっていますから、この時点では経済的に苦しいご家庭における子供の養育を支援する福祉的な役割が大きかったということがわかります。しかし、2015年になると、最も高い保育料を支払っている家計が最も多くなっています。これは、この15年の間に、保育所の役割は福祉から共働き世帯のサポートへと変化してきたことを意味します。このような状況で、一律に幼児教育の無償化という再分配政策が行われれば何が起こるのでしょうか。2019年10月に開始された幼児教育無償化への支出の多くは、高所得世帯への再分配となったと考えられます。同様のことは他の自治体でも生じており、例えば東京大学の山口慎太郎教授らによれば、神奈川県横浜市では世帯年収1,130万円以上の世帯が幼児教育無償化によって受けた恩恵は1年間で約52万円に上るのに対し、360万円の世帯では15万円程度であったということです。このように世帯の経済状況を把握することなく一律の無償化を行えば、再分配の機能を果たし得ないことがわかります。わが国の財政状況が極めて厳しい中では、高所得世帯ほど手厚い再分配を行うことは国民の理解を得られないものと思います。

資料3ページ目「「全員一律」という再分配の失敗」

一方、真に必要な人には十分な支援が行われているのかというと、この点にも疑問が残ります。4ページをご覧ください。これは、私の研究室でNPO法人カタリバとともにコロナ禍における経済困窮世帯の小中高生を対象に実施した調査の結果です。これをみると、経済困窮以外の課題を同時に抱える世帯は、実に全体の40.2%にも上ることが明らかになっています。経済困窮に加えて、19%が発達障害、7%が身体障害があり、13%が不登校となっています。このように複数の問題が同時に生じると、一気に困難な状況に陥ります。例えば、ひとり親で経済的に困窮しているというのに、学齢の小さい子どもが不登校になり、学校に通えなくなったら、親は昼間子供を一人家に置いたままで就労することは難しいでしょう。しかし、発達障害や身体障害は保健部局、不登校は教育委員会、経済困窮は福祉部局の担当であり、行政の縦割りによって、保健・教育・福祉の所管横断的な情報共有が妨げられ、重層的な課題を抱える子供に対する支援が十分に行われているとは言えません。この結果、私たちの分析では、複数の課題を抱えている世帯の子供は、経済困窮のみの世帯の子供と比較すると、学力や非認知能力、問題行動などにおいて不利になっていることがわかります。そもそも、経済困窮世帯の子供たちは、そうでない世帯の子供たちと比較すると、様々な面で不利になっているのにもかかわらず、それよりももっと不利になっているというわけです。

資料4ページ目「「縦割り」における再分配の失敗」

以上のようなことを踏まえると、私たちは高所得世帯ほど恩恵があるような再分配を行ったり、あるいは縦割り行政によって真に支援の必要な子供に対して十分な支援が行えていないというような状況を改めねばなりません。「必要な人に必要なだけの支援を迅速に届ける」ことがとても重要です。5ページをご覧ください。このことを実現するために、今、アメリカで起こっている新たな動きが参考になります。

資料5ページ目「データを用いて、必要な人に必要だけの支援を迅速に」

ノーベル経済学賞の最右翼とみなされているハーバード大学のラージ・チェティ教授らのグループ"Opportunity Insights"が、COVID-19の影響を計測することを目的に開発した"Economic Tracker"がそれにあたります。ここでは、複数の民間企業から匿名化されたデータの提供を受け、個人消費、雇用、売上などに関する日次のデータを用いて、リアルタイムに経済状況を把握することができるようになっています。これらを目的に応じて公的統計や行政記録情報とも照合し、分析を行っています。5ページの図表は、バイデン政権下で行われた現金給付の効果を明らかにする目的で行われた分析です。ご承知の通り、バイデン政権下では、3回にわたり現金給付が行われており、2020年3月にまず1人約1200ドルの支給を決定し、同年12月には600ドルの追加給付が決定しました。チェティ教授らの研究グループはEconomic Trackerを用い、クレジットカードの支出データを分析し、1回目の給付が行われた直後にはほとんどすべての所得階層で消費が増加したことを明らかにしています。しかし、2回目の現金給付が届き始めた頃、7.8万ドルを超える収入のある家計の支出はほとんど変化しなかったことがわかります。同時に、雇用のデータを用い、2回目の現金給付が行われる頃には、高所得世帯の雇用状況はV字回復しており、ほとんどCOVID-19の悪影響から脱出していたことも示しています。この分析は、アメリカで行われた3回目の現金給付で8万ドル以上の家計は支給対象外として所得制限を設ける根拠となったと言われています。このように、例えばCOVID-19のようなショックが、「いつ」「誰に」「どのような」影響をもたらしたのかを詳細に分析し、次の打ち手に生かす「データ×政策」の動きが加速しています。データが蓄積されれば、単なる所得によって支援を受けられるかどうかを線引きするのではなく、雇用状況や家族構成にも配慮して、必要な支援を届けられるようになるでしょう。

子どもや保護者のプライバシーに配慮し、個人情報保護法を順守しつつも、様々な分野のデータを連携することは、子供に対する支援にもメリットがあります。第一に、データによって複数の困難を抱える子どもを特定し、必要な支援を「プッシュ型」で迅速に行うことができるようになるということです。申請手続きが面倒臭いと、貧困世帯の成績優秀な高校生が大学に進学するための出願書類を出すことをあきらめてしまうことを示した研究があります。このようなことが起きないよう、行政が国民側からの申請を待つのではなく、能動的に支援を届けるプッシュ型の支援は極めて重要です。また、予防的介入を行うことも重要です。例えば、母親のストレスホルモンであるコルチゾールの上昇に晒された胎児は、生まれた後の健康や学歴に悪影響があることを示した研究があります。学歴の低い母親ほど、妊娠中のコルチゾールのレベルが高く、貧困の世代間連鎖にも影響している可能性があります。子供が生まれてからではなく、生まれる前から貧困状態にある母親への支援を行うことの重要性が示唆されます。多くの研究が予防的介入は、問題が生じた後の政策介入よりも効果が大きく、コストが小さいことを示しています。加えて、虐待、自殺など放置すれば生命の危険に及ぶ異変を速やかに察知し、介入を行うことも重要でしょう。

わが国でこうした動きを加速するため、私自身もデジタルエデュケーション統括としてかかわるデジタル庁では「こどもに関する各種データの連携による支援実証事業」において、個人情報保護法令を遵守した上で、自治体とともに、保健・教育・福祉などの所管を越えたデータ連携の実証事業を開始します。令和5年度以降は、創設が予定される「こども家庭庁」の司令塔機能の下で、ニーズに応じたプッシュ型の支援につなげていきます。人への投資をより効果的にするため、データを活用した効果的な政策を実施して頂きたいと思います。

最後にもう1つ強調したいことがあります。6ページをご覧ください。先ほど教育需要を喚起する再分配政策は費用対効果に優れないと申し上げましたが、その一方で、教育の質を高める供給サイドへの投資は費用対効果に優れていることを示す研究は多くあります。これについて、わが国では、教育の質の担保を目的として、保育所設置認可に代表されるような事前の規制が重視されてきました。設置認可においては、施設の面積や保育士の数などが細かく規定され、それを満たしていないと設置が認可されません。しかし、一旦認可を受けると、その後の事後的な評価と言うのはほとんど行われません。その結果、育ち盛りの園児にスプーン一杯しかご飯を与えなかったという認定こども園に批判が集まったことは記憶に新しいところです。どう考えても入口の規制よりも、出口における質保証に力を注ぐべきです。これは幼児教育のみならず、わが国のすべての教育段階で同じことが言えると思いますが、ここでは具体的に幼児教育のデータを用いて説明します。

資料6ページ目「事前規制から事後評価へ」

当然、各自治体において保育の質を高める取り組みは様々に行われていますが、例えばその1つである第3者評価の結果を見てみると、ほぼ横並びと言う結果になっているものが少なくありません。一番上の図は、関東のある自治体内の全認可保育所の第3者評価の結果ですが、こちらでは殆ど保育所間の差はみられません。本当に保育の質に差はないのでしょうか。

下の左の図をご覧ください。これは、私たちの研究グループが、まったく同じ自治体で、同じ年に、発達心理学分野で開発された保育環境評価スケールという指標を用いて、トレーニングを受けた調査員が保育所の観察調査の中で450程度の項目の評価をした指標です。これを見ると、保育所によってかなり大きなばらつきがあることが確認できます。そして、下の右の図で、関東の別の自治体で3年にわたって認可保育所の保育の質の評価を行った結果を見てみると、保育所間はもちろんのこと、年によってもばらつきがあることがわかります。つまり、自治体から認可を受けた保育所で、同じ保育料が設定されているのにもかかわらず、保育所によって質に差があるばかりか、入園した年によっても差があるという状況になってしまっているのです。アメリカやイギリス、ニュージーランドでは、私たちがここで用いたような学術的に妥当な指標に基づいて、幼児教育の質をモニタリングする政府機関があり、全国規模で幼児教育の質を向上させる取り組みを行っています。わが国においても、同様の取り組みを行うことが急がれます。

経済学では、2000年にノーベル経済学賞を受賞したジェームス・ヘックマンらの研究業績を中心に、質の高い幼児教育が子供たちの将来の成果にプラスの影響を及ぼすことを明らかにした研究もありますが、カナダのケベック州で実施された保育料の大幅な値下げのあと、子供たちの発達や学力、行動に悪影響があったことを示す研究があります。教育、特に幼児教育はその質が高かった場合、プラスの効果が長期にわたって持続すると言えますが、逆に質が低かった場合もその負の効果が長期にわたって持続します。この意味においては、私たちが人への投資の効果を高めるために何よりも注力すべきは、教育の質の向上です。

7ページ目は本日のまとめになります。ご清聴ありがとうございました。

資料7ページ目「まとめ」


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