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【小暑】 温風至 (あつかぜいたる)

いつの間にか雨の通り過ぎた京都のまちを歩く。駅の南のあたり。とある片隅には蔦で覆われた森のような家屋が何軒かあり、よくみると猫のように佇む人の姿もある。

時間からも、土地の呪縛からも自由な空間をこしらえて遊んだのは子ども時代のことだった。その空間に「秘密基地」という呼び名をつける。宿題や手伝いをしなきゃならないことも全部忘れて、自分たちの決めたルールで生きることのできる世界。「もう日が暮れました」の一言で夜がきて、「コケコッコー」といい朝がくる。「よくわからない大人たちの世界」から「創造と可能性に満ちた冒険の世界」に、この秘密基地を通じて帰ることができた。

私たちはいつ、秘密基地を手放してしまったのだろう。

いや。確かにそれはあるのだ。誰のものでもないその場所に、なんの約束もしないで集うことを、いつの間にか忘れてしまった。ただそれだけのことなのかもしれない。

湿度に包まれた空間を、涼風がすっと吹き抜ける。決して力強くはないのに、こころに残る余白を残して。

きっと今ごろ、大好きな友だちはマスカットのタルトを頬張っているに違いない。あのターコイズ色した川沿いの店のテーブルで。

宛先不明の文章を綴っているつもりが、心の中にすむ人たちのことを思い出す時間になっているのはおもしろい。

ここから歩いて5分ほどのところにいる二人を思いながら、私はこれから、アイスをいれたカフェラテを頼むことにする。