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逆さ富士七転八倒(毎週ショートショートnote裏お題)

『鏡に映ったあなた』が誉めそやされたとして、それは『鏡に映ったあなた』に寄せられた称賛であろうか。否。それはあなた、本体であるあなたに寄せられたものである。
 そう、それが私、逆さ富士にとって最も許せないことであった。私は思った。本体を打倒せねばならぬ、あの傲慢な富士を除かねばならぬ、と。登山界で『打倒』とは登頂をさす。私は人の姿を借り富士登山に挑んだ。
 それは苛酷な道であった。回り続ける方位磁針、転がる人骨、入り組んだ木の根。何度転び、何度傷ついたことだろう。美しく君臨する富士は見た目に反し醜悪な真実を内包していた。私は登りつづけた。徐々に息が苦しくなり、疲労で目がかすむ。動かない足を気力のみで動かしつづける。
 ある朝ついに富士の頂に立った。
 頂上からみた雲海。この美を言い表す言葉などこの世にありはしない。ただ感動。私は富士を打倒したのか? 笑止。圧倒的存在を打倒などできはしない。逆にその大きさをしった。富士とはそれそのものではない。すべてが富士なのだ。世のすべてを内包した存在、それが富士だ。

 その日河口湖に映る逆さ富士は例えようもなく美しく穏やかであったという。

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【毎週ショートショートnote】『ショートショート書いてみませんか?』お題発表!1/1|たらはかに(田原にか)|note

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