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ビジュアル系男子に教えられた琴

「結婚なんて、絶対イヤ!」
 綾はそう叫んで屋敷を飛び出した。
 綾の父はレコード会社の社長、金はあるが品格がない。見合い相手は没落した琴の家元の息子。要は利害の一致、政略結婚である。
『誰がいいなりになるか!』
 そうごちながら夜の街を徘徊していると、ドンッと誰かにぶつかった。怖そうなお兄さん。ビジュアル系というやつか。男なのにド派手なメイクをして、肩から黒い楽器ケースをさげている。
「謝りなさいよっ」綾が一喝すると、「……ああ、悪い。てか泣いてるの?」とお兄さん。
 綾が自分の頬に手をやると、そこはぐっしょりと濡れていた。

「そっかー、それはつらいよなー」
 公園のベンチでさっきのお兄さんが大仰に頷く。
「他人事だと思って」
 綾が睨むと、いや本当に分かるよ、と真摯に呟く。
「俺もめんどい家に生まれたからさ。……理不尽、散らす方法しってる?」
 無言で首を振る。
「俺の場合、これ」
 ギターを黒ケースから取り出す。
「逃げられないならさ、こういう、自分が楽しいと思うものをプラスしていって、トータルで幸せな人生にしちゃえばいいんだよ」
 お兄さんがビーンと弦を弾くと、夜の空気が震えた。
「……それ教えなさいよ」というと「しょうがない子だねぇ」といいながらギターを教えてくれた。
 綾の人生で一番楽しい時間だった。

 お見合い当日。
 現れた相手をみて、綾は瞠目し、花がこぼれるように微笑んだ。
「次はお琴も教えなさいよね」

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