84.世の中の理解というものは、誤解からはじまる。
長野県の松本といえば串田和美である。
20年わたり、まつもと市民芸術館の芸術監督を務めてきた。縦横無尽なプログラムを企画。自ら出演し、演出し、クラリネットを吹き、ポスターのアートワークまでもこなしてきた。
その串田和美は、現在79歳(2021年のこと)。あと2年で芸術監督を引退することを発表した。後進のために継続可能な演劇を中心とした手作りのフェスを何か残そうと、フェスタ松本なるイベントを立ち上げた。2021年の秋、市内各所で29のイベントを10月の10日間で行うという。一見、無謀。やっぱり大変なイベントであった。
そのイベントにヒカシューも参加した。実は、ヒカシューは43年のキャリアがありながら松本での公演は初めてであった。そればかりか長野県での公演経験すらない。
そんなわけで、メンバーは大変に喜んだ。
ぼくとドラマーの佐藤正治は一日早く、前夜祭に出演することになっていた。一昨年前から伊那に住み処を移したベースの水谷浩章を誘って、トリオで即興演奏を楽しもうと考えていた。
場所は、信毎メディアガーデンの特設野外ステージ。
家を出発する時、心配だったのは、どんな音響設備があるのか、ドラムはセットされているのか、アンプはあるのか、という、とてもプロの心配するレベルではないところで躓いていた。こちらはシベリアの僻地でも大丈夫なほどメンタルは強いが、演奏に必要な基本的なものはあるに越したことはない。
いくら連絡しても、安心できる答えが返って来なかったのは、ひとつの舞台制作会社が、29のイベントを受け持っていたからだ。そりゃあ、間に合うわけがない。
ところが、ステージに到着すると、ずいぶんしっかりした音響エンジニアがいて、ほっとしたものだった。
水谷はさすがで、どんな状況でも大丈夫なように、ベースアンプ3台持ってきていた。
「マイクもいれられますよ」なんて余裕なことまで言っている。
夕方からの演奏は、前夜祭ということもあって、串田さんが、このフェスティバルの紹介をするという中で行われた。
どひゃどひゃ、ぴくちゃく、でったらめな演奏をしていた時間はそんなに長くはない。というのも、プログラムが多すぎて、紹介だけで小一時間かかってしまったからだ。しかし、この3人の演奏は、「ヒカシュー」と思っていた人もいた。
ヒカシューは明日からそばも食べに来るんだけどなぁ。
世の中の理解というものは、誤解からはじまるので、仕方がないのかもしれない。
だけど前夜祭に登場した俳優たちは、音楽のイベントを観る余裕はないだろう。そこは少し残念な気がする。
せっかくのフェスである。出会いということも考えていくと、より豊かになるのではないだろうか。
巻上公一
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