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82.カバコフは、「夢見ること自体に意味がある」と言っている。

 新潟の松之山温泉に泊まった。ここの温泉は、通常の火山性の温泉ではない。1200万年前の化石海水だという。
 世界一の豪雪地帯としても有名な松之山の濃度の高い温泉に浸かる。
 毛穴という毛穴に太古の海水がしみ込んで、肌はいつまでも温かい。
 700年ほど前に、一羽の鷹が毎日同じところに舞い降りるのをみた猟師が、こんこんと湧き出るお湯を見つけたということで、鷹の湯と呼ばれている。
  コロナのせいで露天風呂はぼくひとり。大自然の湯を独占できたが、都会もさぞかし大変だろうが、地方の田舎の財政は、さらに困難に直面している。
 温泉でリフレッシュしてむかったのは大地の芸術祭。イリヤ・カバコフの「16本のロープ」の特別先行展が見たくて、4月に来たばかりのまつだい。また来ただけでは芸がないからの温泉行きであった。
 「16本のロープ」は、1984年以降カバコフが繰り返し取り組んでいる代表作の一つ。
頭上に張り巡らされた16本のロープに紙切れや木片など208個のメモが付けられた”ゴミ”がぶら下がっている。
「ライラックがきれいに咲いているわ! 家に持って帰らなくちゃ」
「今夜出かけるところはあるかな? なにもかも退屈で、なにをしたらいいか分からない」
「この天気はどうなっているんだろう。フード付きのコートを着てね」
「今日は早く家に帰ってきてね。ドアを塗るのを手伝って」
「もしスープを飲むなら温めるわ…… 手を洗っていらっしゃい」
「どうして泥んこになったの? 誰が洗うの?」
 カバコフはソ連時代に、自分が属している社会とそこで暮らす人々の人生を記憶するために、人々の声を記録しはじめたのだそうだ
 まつだい郷土資料館は、特設の会場なのだが、新潟十日町の民家の暗闇に、ソビエト時代の言葉が暗闇に吊るされて、懐中電灯で照らしながら鑑賞する感覚は、探検と郷愁を呼び起こす。
 2021年に「カバコフの夢」という一連の作品が展示される予定だったが、コロナのせいで遅れているようだ。
 カバコフは、「夢見ること自体に意味がある」と言っている。芸術家が生きるのが困難だったソビエト時代を耐えてきた作家ならではのすてきな言葉である。

2021年6月



 

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