2019/2/9 夢見たものは•••
昔から年に数回多幸感を感じる瞬間がある。ああすごく幸せだなあ、もしかして今世界で一番幸せなんじゃないかな、そんなことを考える。大金持ちでもなく、すごい美人な訳でもなく、名声がある訳でもなく、だから何だか照れ臭くてあまり口にすることはないのだけど。
その年に数回の多幸感、新年最初は今日だった。ベビーカーを押しながら歩いて原宿のイタリアンへ。風がとても冷たくて、だけど早足で歩いていたから?体はそこまで冷えなかった。予約した時にテラス席といわれ、こんな寒い日にと思ったものの、実際は温室のような空間で日も入り心地よかった。そこで彼と子とサングリアを飲んだ。
思っていたよりチープな味で、あれ、お店失敗したかな、て彼と笑った。だけど、次に出てきたボロネーゼのパスタはすごく美味しくて、あ、おいしいねえ、来てよかったねえとやっぱり彼と笑った。
子は彼に抱かれて大人しくしていて、目と目をあわせておどけた顔をすると満面の笑み。その時にああ、幸せだなあ、たぶんいま、世界でいちばん、そう思った。
昔から大好きな詩がある。
「夢見たものは・・・」立原道造
夢見たものは ひとつの幸福
ねがつたものは ひとつの愛
山なみのあちらにも しづかな村がある
明るい日曜日の 青い空がある
日傘をさした 田舎の娘らが
着かざつて 唄をうたつてゐる
大きなまるい輪をかいて
田舎の娘らが 踊りををどつてゐる
告げて うたつてゐるのは
青い翼の一羽の 小鳥
低い枝で うたつてゐる
夢見たものは ひとつの愛
ねがつたものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と
幸福とは、一見些細なことこ積み重なりなのだと、この詩を読むたびに気づかされる。
たとえば寒い日に、暖かい場所で好きな人と食事をする、なんてことのように。
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