大増殖天使のキス|毎週ショートショートnote

「……〈天使の接吻エンジェル・キス〉」

新任の警部補の繍子のつぶやきに、高村はあらためて遺体に目をやった。女子大生の白いカラダには、あちこちに小さな赤いアザのようなものがある。まるでキスマークだと高村も思っていたからこそ、繍子の声が聞き取れたのかもしれない。

「何です、それは」

「若者のあいだで噂になってるらしいの。天使がカラダにキスしてくれると片想いが叶う、って」

「天使なんていませんよ」

高村が言うと繍子は苦笑した。彼女はかつての事件について詳細を知っているひとりだ。

「〈天使の接吻エンジェル・キス〉を模した痕を自分の肌につけるキットを売っているのよ。おまじないみたいなものね」

だが、解剖医がやってきて背中のひとつがキットによるものではなかったと報告すると、繍子は残念と肩をすくめた。

「恋人のカラダに本物の〈天使の接吻エンジェル・キス〉を見つけたから殺した。そして、カモフラージュに偽のマークをカラダじゅうにつけた。ありふれた事件になっちゃったわね」