穴の中の君に贈る|毎週ショートショートnote
買物帰りに公園を通り、君のいる穴の中を覗いて僕は尋ねた。
まだダメ、と君が答える。
〈――ねえ、そろそろ結婚しちゃおうか〉
一年前、君はこの公園で僕にそう言った。
けれども、それは成り立たない話だった。君は僕と交際していると思っていたようだけど、僕には別に大切なひとがいたからだ。嘘をついていたワケじゃない。訊かれていないことを僕から言う必要もなかったから――それだけのことだった。
君はその場ですぐに穴に入った。
時が流れ、あの日、僕の抱いた罪悪感はもうどこにもない。
「これを受け取ってもらえるかな」
僕は穴の中に、小さな袋を落とし入れる。
穴の中の君はそれを受け止めて、中身が指輪であることを確かめる。
「どういうこと」
「そろそろ結婚しちゃおう」
罪悪感なんかじゃなく、僕は言った。
君が薬指にはめると、指輪はくるくると回った。
「ちょっと痩せたかも」
「晩御飯を食べに行けばいい」
僕は穴の中の君に向かって手を差し出した。