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ミルク 第1話(全5話)

【まえがき】

彼女はいつもミルクの匂いがした。
ミルクのように色白で、太陽の光を浴びると繊細な産毛がキラキラとひかる横顔と、色素の薄い髪色、特徴的な口元は、わたしの青春時代の象徴といっても過言ではない、ような気もする。
パブリックイメージと実像がかけ離れている数少ない友人のひとりで、でも、だからこそわたしは彼女から目が離せないでいる。審美眼を持ち合わせている(と豪語するわたしだ)からこそ、出逢ったそのときから彼女のことが好きだし、守ってあげたい、そんな感情さえ芽生えていたのやもしれない。ジェンダー自認は女だし性的マジョリティなわたしだが、彼女の前ではほかでは味わったことのない男前なわたしが見え隠れする。
そんな彼女から、今回この代筆家の依頼を受けた。内心とても複雑な想いだ。彼女の文才もよく知っているつもりだったし、代筆するだなんて烏滸がましい、初めは断ろうかとも正直考えた。それでも、誰かに書いてもらう、という選択をわたしに託してくれた想いを受け止めた。
これは、彼女を丸裸にする物語ではない。彼女を解放する物語になれば、そんな願いを込めて、綴り始めることとする。



見下していたのではなく、
話が合わないと決めつけて心を閉ざしていた。
カッコよくまとめるなら、そんな10代を送ってた、ような気がする。


物事を深く捉え考えあぐねているうちに、
ティーンエイジャーの時間軸はハイスピードで進んでいくものだから、熟考するわたしの思考力とはついぞ噛み合わず、まわりからすれば「トロい」とか「不思議」とか「ぶりっこ」とか、そんなキャラ設定がちょうどよかったのだろう。
それを突き返すほどにはまわりに興味が湧かず、なぜそんなに適当に生きていられるものなのかと疑問は湧けど、深くは追求せず、ヘラヘラと笑ってやり過ごしていた。そのほうがラクだったから。

ラクだったはずだけど、
心は磨耗していく、疲弊していく。

ここじゃない、わたしの居場所はここじゃない。

またこのループにハマってしまっていた。

その思考は幼少期から認識していたのだと思う。
わたしはなぜこの地に、この家に生まれたのだろう。
ずっとそんなことを真剣に考えている。
とにかく田舎の、隣の芝が易々と覗けるようなこの街が嫌で嫌で仕方なかった。
常に人々の気配やマイナスのエネルギーやココロと裏腹な世間話やなんやに、疲労はたまっていく一方だった。近所のスーパーマーケットに行くのでさえ、それを一身に浴びやしないかと、心身が強張っていくのをありありと思い出す。


覚えているいちばん最初のひとり遠出は小学2年生のころ。大型の休みになると、電車に乗って、都会に行ける。あの頃のわたしからすれば眩しいほど素敵な都会に住む祖母の家が大好きだった。早く、大人になって、自分が自分でいられる場所を見つけるのだ!子どもながらに、そう決意していた。


されど現実は、
そうは問屋が卸さない、ってやつ。

人間関係を紐解いてみると、
男の人には勘違いされて好かれ、
女の人には嫌われることばかりだった。
嫌われるのはもういっそ受け入れるとして(こちらも好いていなかったし)男の人からの好意には悩まされた。
こちらにだって意思はあるのにもかかわらず
考えあぐねているうちに事が進んでしまったり、
言葉にするまでに時間を要するわたしに疑念を向けられたり、
すぐには言葉にしないのをいいことにこちらの好意を利用されたり、
いま思っても不遇の時代が長かった。
この章だけでゴシップ好きの同級生なら一升瓶を空けられるくらい酒のツマミになる話だろう。
勝手に肴になるのは悔しいから、詳細割愛。


三つ子の魂百まで、
そう思うと、やはり祖母の影響が大きい。
「オンナは愛嬌」
それは人見知りをしない、という処世術でもあり、無邪気を装ってフット・イン・ザ・ドア・テクニックを用いて懐柔したフリをして、相手の出方をみる。そうして、その相手との関わり方をこちらが決める。不遇の時代には言語化できなかったが、社会人になると特におじさま上司たちには有効的に働くのだから、やはり祖母はわたしの師である。


そういうわけで、もう少し、幼少期の自分を思い出してみることとする。


つづく

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