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#21 出発

※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです

ミャンマーから戻って来て再びラオスを訪れた時、一度目の時とは、かなり心のあり方が違っていた。
一度目は、とにかく絵を描くことが楽しくて楽しくてしょうがないまま、数週間があっという間に過ぎ去った。今回もほとんど毎日ギャラリーで絵を描いていて、同じように楽しくて、時間が経つのは早かったけれど、「このままでいいの?」という焦りのような、不安のような気持ちがくすぶり始めた。

まるでこのギャラリーに寄生しているかのように、お世話になり続ける日々。いつも食事をご馳走になり、地元の人が行くサウナにも連れて行ってもらったり。新しくオープンするバンビエンのギャラリーの準備に同行し、バンビエン近くの小さな村を案内してもらったり。
そんな風にしてもらうばかりで、単なる旅人のわたしがお礼にできることは何もない。”生産的じゃない”ことへの焦り。

そういえば、仕事を辞めて旅立つと決めた時、何度か考えたことがあった。それまでの数年間は、仕事のことで心と身体が追いつめられてると感じることは多々あったけれど、それでも最後には、それが充実感に繋がっていた。やっていた仕事の性質上、成果が金額(売上)となって分かりやすく見えてきたからだ。「それをいったん捨ててしまって、本当にいいの?」
わたしの旅は、自分にとってはかけがえのない経験になるだろうけれど、目に見える何か(特にお金に繋がるもの)を生み出すことは、おそらくない。
そのせいで、仕事に没頭していた時とのギャップに苦しむかもしれない、その一抹の不安はあった。

けれど実際に旅を始めてみると、まだ3か月余りで新しい経験の方が多いせいか「生産性うんぬん…」なんて気にする心の余裕はなかった。

絵を描ける喜びとは裏腹に、モヤモヤしたものが芽生え始めた時、ギャラリーのオーナーが、わたしが本当にラオスとこのギャラリーが好きなら、しばらくここでギャラリーに関わる仕事をする方法もある、というような話をしてくれた。この頃、アーティスト達と少し深く理解し合うようになってきたこともあって、この提案に心は激しく揺れた。
英語もままならず、ラオス語だって極々簡単なあいさつ以外まったくできないのだから、相当な苦労を伴うはず。でも、ここに居続けて、何かの役に立てる日が来るかもしれない。

結局は、アーティストの一人から言われた言葉が背中を押して、当初の予定通りインドに向かうことにした。

「世界を旅するお金とチャンスのある人は決して多くはないんだから、一度描いた夢を叶えるべきだ」
「ラオスが好きなら、旅に満足してから、また戻って来ればいい」

長くかかわった時間と深さの分、離れた時の淋しさはこの上ないけれど、戻るべき運命ならば、きっと戻れるはず。


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