ヒハマタノボリクリカエス 11

 いやいや、ハルさん、私、バイクの後ろに乗るなんて初めてですけど。
 ハルはそんな怖がる私なんておかまいなし。
 不気味な笑みを浮かべ、私に無言でヘルメットを渡してきた。
 なかなかヘルメットの紐を固定できずにいると、ハルがやさしくとめてくれた。
 ちょっとそのやさしさが意外だった。
 黒いバイク。
 バイクに詳しくないから車種は不明。
 しかし、詳しくなくてもかっこいいとわかる。
「しっかりつかまっていてくれよ。大丈夫、後ろに誰か乗せている時は安全運転だから」
 ホントにそうなの?ハルさん。
 どこが安全運転なのだろう。
 必死に彼の体につかまった。
 ハルは大声を出して笑いながらぐんぐんとスピードを上げていく。
 当然、私は叫ぶ。そりゃあそうでしょう。
 ハルは速度を緩めない。
 薄々気づいていたけど、絶対ハルはエスだ。
 しかもドエスに違いない。
 彼が今運転していなかったら確実に殴っている。
 今はどこを走っているのだろう。
 前を確認している余裕なんてない。
 下を向き、歯をくいしばって耐える。
 空気がうまく吸い込めない。
 どうして。
 肺まで酸素が回らない。
 風。
 風。
 コワいよ。
 コワいよ。
 ハルを殺したい。
 今すぐ殺したい。
 というか、ゼッタイ殺す。
「どう?」
 ハルが聞いてきた。
 ちょっとスピードが遅くなった、かもしれない。
「どうって、サイアク。おろして」
「無理。楽しいだろう」
「ぜんっぜん」
 さらに減速した、みたい。
「これはどう?」
「無理」
「まじ?」
「まじ」
「顔、あげなよ」
「無理」
「あ、あんなところにトトロがいるよ」
「いるわけない」
 顔なんて上げるものか、バカ。
「あ、鳩がうんこを落としてきた」
「ええっ?」
 思わず顔を上げた。
 雲ひとつないまっさらな空。
 鳩なんてもちろん飛んではいない。
 うんこに騙されるなんて、私っていったい。
「ごめん、嘘」
「もうわかったよ」
「顔上げたな。よし、さあ、周りを見て」
 言われるがまま、横を向いた。
 川、草、土。
 どうやら川沿いを走っていたみたい。
 どこだろう。わからない。知らない場所。
 こんな所あったかな。
 ん?
 冷たい風が頬にあたる。
 涼しい。
 いつの間にか風が私に味方している。
 これ、気持ち、いい。
 私の知らなかった世界。
 自転車では味わえない風。
 気持ちいい。
 手の力は緩められないけど、この体験を楽しむことができそう、かも。
 空ってこんなに青かったのか。
 そういえば空を見上げたのも、久しぶりかもしれない。
 ま、見ても何も思わないけど。
 こういうところがウツ。
 この速さなら、バイクもまあいいかも、あくまでもこの速さならね。
 どれだけ遠回りしたのだろう。
 やっぱりハルはバカだ。
 バイクはまあ楽しかったけど、ね。

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