ヒハマタノボリクリカエス 5

 勉強に少しも身が入らない。

 それは受験を終えたせい。うん、そうだ。そうに決まっている。もともと勉強は好きな方ではなかったし。やりたい事、就きたい仕事なんてない私に、受験後の勉強に身が入らないのも無理はないし。

 私のやりたいこと。
 私の小さいころなりたかった職業は、ケーキ屋さんだった。理由は簡単。ケーキが好きっで、ケーキ屋さんになれば好きなだけケーキが食べられると思っていたから。安易な考え。その次は、スチュワーデス。制服がかっこいいと思ったから。その後は歌手、女優、映画監督、カメラマン、スタイリスト、ショップ店員。どれもただ憧れただけで、そうなるための努力をしたことなんてなかった。

 無駄に時間だけあると、つい悪い考え方になってしまう。バイトもしていないし、彼氏もいない。トモダチと呼んでいた高校の人と遊んでもちっとも楽しくない。私にはただただ時間だけが残された。 
 大学も推薦入学で決めたけど、とくにそこに入りたかった理由はない。親が勝手に選び、私は最後にカードを引いただけ。それだけ。
 つまらない人間だ、ワタシって。
 タカシと大違いだ。
 十七年も生きているのに、一度も努力っていうものをしたことがないし。クラブは中学の時は陸上部に入っていたけど、幽霊部員。高校受験はそれなりの勉強しかしていない。勉強は適当に、今思えばくだらない遊びしかせずにここまで生きてきた気がする。
 ああ、鬱だ。
 ワタシはウツだ。

 医者に決められた量を飲みだして丁度一週間が経った。そう、今日は病院の日。
 待合室にいる時、彼を目で探したけど、今日はいないみたいだった。ひどく落ち込む私がいる。
 二十分程待つと、診察室に通された。
 あの先生が前と同じ姿勢で座っていた。
「久しぶり。どうぞ、座って」
 私は勧められた椅子に座った。
「最近はどうだい?胸は苦しいかい」
「まだたまに苦しくなりますけど、薬を飲む前と比べたらずっとマシです」
「そうか、それは良かった、うん」
「先生、私ってウツですよね」
「どうしたんだい」
 先生は私の発言に明らかに驚いている。まるで予想していなかったみたい。
「ウツですよね?ウツじゃなかったら、この薬飲みませんよね、ウツ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。断定するのはよくないよ」
「ウツですよね?だって最近の私っておかしいし。理由もなくこんなに落ち込むなんて今までなかったし」
「まだ僕がそう診断したわけじゃないですよ」
「じゃあ、ウツじゃなかったら、私のこの精神状態のおかしさって、どうやって説明できるのですか。決まっています」
 口調を荒げてまくしたてた。敬語を使っているけど、乱暴な言葉だ。そう頭ではわかっているけど、今の私は平気で言ってのけてしまう。
「畠山さん、少し落ち着こう。いいね。僕が以前薬を出す理由を明確にしていなかったから不安になってしまったね。謝ります。ごめんなさい。確かに、今のあなたは、少し情緒不安定な所が見てとれる。しかし、だからといって、ウツだと決めつけるは良くないよ。そして、畠山さんが、今の自分が一体どういった状態か知りたいという気持ちがあるのも理解します。そこで、だ。心理テストを受けてみませんか」
「心理テスト、ですか。いいですよ。昔から好きでした。女の子ってだいたいそういうものですよね。それをすれば病名がわかりますか」
「ええ、判明します」
「楽しみです。やっぱり本格的ですよね。あ、当然か。今日ちゃちゃっとやってしまいたいです。早く知りたいし」
「あ、今日もいくつかやってもらいますが、一日に二つまでとなっています。ごめんね」
「え、どうしてですか」
「心理テストというのは、本来正確に測るためには、詰め込みすぎるのはよくないんだ。雑誌とかに載っているのとは違うんだよ」
「なんとなくわかりました。心理テストってそれでいくつかしないといけないんですか」
「そうだね。その方がより深層心理がわかるから。例えばたったひとつのテストで自分の全部を決めつけるのってどうかと思うだろ」
「わかります。じゃあ、私が今までやっていた、雑誌の心理テストとかって意味なかったってことですか。それだったらショックです」
「さあ、どうかな。中には非常によく出来た問題もあるみたいだし。意味なくはないと思うよ。僕は」
「とにかく、まず今日やってみたいです」
「オッケー」 
 それから、私は心理テストを受けた。
 落とした絵の具が模様になっている紙を見せられて、それが何に見えるか答えていくというものだった。
 確かに、本格的っぽい。

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