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失恋墓地【毎週ショートショートnote】

「またこの墓石、右に動いてる」
 〈〇〇家之墓〉と彫られた立派な墓石が、少しだけ右方向に動いている。誰かが動かしたというわけではない。変な話だが墓地で働いているとたびたびこういうことが起きるのである。どういう原理かわからないが、夜の間に墓石がひとりでに動くのだ。僕ら管理人は、朝になって移動に気づくと頑張って元の位置に戻す。ご家族の方々がやってきて、墓石が動いているのを見たら大変なことになるからだ。『墓荒らし』なんて言われたらかなわない。
 だがあるときうっかり墓石が動いているのに気づかず忘れてしまったことがあって、墓参りに来た方から指摘されたことがあった。でも理解のある方々で「昔、この人はとなりの墓で眠る〇〇さんに恋をしてたのよ。死んでも近くに寄りたいのね」なんて言ってくれて、ほっとした。以来、墓石の動向を監視したけれど、あっさりふられてしまったのか、二度と近づくことはなかった。墓場の恋愛事情も様々なようである。

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