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インドネシア語諸々:目的語優先の文・節と関係代名詞 yang

目的語優先の文・節

しばしば「受動態」として説明される文型について、私個人としては「受動態」という説明は避けます。もともと目的語を文頭に出すことで強調するための文型で、必ずしも「受け身」を表わすとは限らないからです。

まずはインドネシア語で目的語を文頭(節頭)に出したときに、どのような語順になり、動詞はどのように変化するのかを確認しましょう。目的語優先の文・節では、その文・節の動詞の行為主(agent)が三人称か否か(一・二人称)かで、動詞の形も語順も異なります。三人称の場合、

[S] [V] [O]. → [O]' [V': di-型] (oleh) [S'].

(a) Adik saya menulis surat itu.
(a') Surat itu ditulis (oleh) adik saya.

という形になります。一・二人称の場合、

[S] [V] [O]. → [O'] [S'] [V': ゼロ型].

(b) Saya menulis surat itu.
(b') Surat itu saya tulis.

となります。ただし、三人称の場合でも、主語/行為主が "dia" ないし "mereka"など代名詞の場合は、一・二人称と同じ形を作れます。

(c) Dia menulis surat itu.
(c') Surat itu ditulisnya.
(c'') Surat itu dia tulis.

そもそもdi-型の接頭辞 "di-"は、この "dia"が短縮されたものだという説があります。

動詞の形の変化:me-動詞、基語動詞

ここで、目的語優先の文で用いる動詞の形について復習しましょう。me-動詞の場合、【ゼロ型】とは "me- (mem-, men-, meng-, meny-, menge-)"を取り除いた形です。ただし、"me-"が付いたときに消える "p/t/k/s"は復活します。【di-型】はゼロ型に "di-"を付けるだけです。

menulis →【ゼロ型】tulis →【di-型】ditulis
membeli →【ゼロ型】beli →【di-型】dibeli

基語動詞のときはどうすれば良いでしょうか。そもそも取り除く "me-"がありません。よって、そのままにするしかありません。

makan →【ゼロ型】makan →【di-型】dimakan

(d) Dia makan kue itu.
(d') Kue itu dimakannya.
(d'') Kue itu dia makan.

(e) Aku makan kue itu.
(e') Kue itu kumakan.

目的語優先の文・節と関係代名詞 yang

目的語優先の文・節の理解を混乱させる要因として、関係代名詞節のなかで目的語優先の文型にしなければならない場合があるということがあります。英語とはまるで異なる、インドネシア語独自のルールが発動するので注意が必要です。

まず、英語で考えてみましょう。

(f) I didn't read that letter. + He wrote the letter.
(f') I didn't read that letter (that) he wrote.
(f'') I didn't read that letter that was written by him.
(f''') I didn't read that letter written by him.

普通であれば (f')にするでしょう。また、(f'')にするくらいなら (f''')にするでしょう。次にインドネシア語の場合です。

(g) Saya tidak membaca surat itu. + Dia menulis surat itu.
(g') Saya tidak membaca surat yang dia menulis.[×]

(g') は外国人がよく犯す、英語のように関係代名詞節を作ってしまう間違いです。誤りの理由は、関係代名詞の yang はこの関係代名詞節の目的語相当であり、それが前に出ている以上、この節は目的語優先の文型にしなければならないというインドネシア語独自のルールが発動するからです。よって、正しくは以下のようになります。

(g'') Saya tidak membaca surat yang ditulisnya.
(g''') Saya tidak membaca surat yang dia tulis.

なぜ(g')のような間違いが起きるかという、もう一つの理由、あるいは混乱の元が基語動詞です。

(h) Kue itu sangat mahal. + Dia makan kue itu.
(h') Kue yangdimakannya (itu) sangat mahal.
(h'') Kue yang dia makan (itu) sangat mahal.

この (h'')の例は、(g''')と相似であり、(g')とは相似ではありません。つまり、"makan"の形は (h)と変わりませんが、実際は【ゼロ型】相当です。これを(h'')∽(g')と誤解すると、インドネシア語の関係代名詞節は英語と同じように作れる、(g')の文が可能だという勘違いが生じるのだと思われます。

何故、受動態と呼びたくないか

目的語優先の文を「受動態」と呼びたくない理由の一つは、上述のように目的語を先行詞とする関係代名詞節の場合、意味上の能動・受動の区別とは全く別に、目的語優先の文型にしなくてはならないからです。

また大きな話になりますが、日本の英語教育における受動態の教え方・訳し方が、インドネシア語の目的語優先の文・節の理解を阻害しているとも考えています。

(i) This letter was written by me.

この文を日本の中学英語では「この手紙は私によって書かれた。」と教えます(少なくとも私はそう教わりました)。しかし、この和文は実に不自然です。"This letter"を強調する、あるいはこれに焦点を当てるなら、「この手紙は私が書いた。」ではないでしょうか。インドネシア語の目的語優先の文・節を「受動態」と教えると、学生はどうしても「〜された」と訳してしまうのは、これまでの英語教育で「passive tense」は「〜された」と訳すと教え込まれてきたからだと考えていて、それを避けるためにも「受動態」と呼ぶのは避けています。

そもそも日本語の受け身の文には、被害のニュアンスが含まれることが多い。「殴られた」「盗まれた」などです。英語の受動態でも、インドネシア語の目的語優先の文でも、そのようなニュアンスが入ることはありますが、必ずそうだとは限りません。そのような意味では、インドネシア語において日本語の受け身に近いのは、"ke-an"で作られる動詞でしょう。(ke-an 動詞については稿を改めて説明したいと考えています。)


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