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「眼鏡等」と記された 

その日、私はキッカリと5年周期で訪れるイベント、そう、運転免許証の更新の為、運転免許センターを訪れていた。

普段、全く車を運転しない私はペーパードライバーである、もはや林家ドライバー(ぺー、パー子)と言っても過言では無い。

林家ドライバーである私は、目の前に出来ている長蛇の列にゲンナリとしながらも並び、手続きを順番通りに済ませていく、そして順番がまわってきた林家ドライバーである私の視力の検査。

マダム検査官が林家ドライバーである私に告げる…

「んーー、ギリギリ無理ですかねー、原付は大丈夫かと思いますが、車に乗る際には眼鏡かけましょうね!!!にこっ!!!」


促してくるスタイル!!



右目 0.5
左目 0.5

上記の視力をほぼほぼ数十年と数ヶ月、つまりは長い年月を、ピットピッタリと美味しさを包むサランラップの様にキープしてきた私、「眼鏡等」と免許証に記載されるのは両目合わせて1.0以下だったと勝手に認識し、(たぶんあってる)、そして自分だけは視力に最も愛された男として、それ以下に落ちる事は無いと頑なに信じ込んで生きてきたのである。



「ミーンミンミンミーーーーン!!!」



それは高2の夏休みが明けたばかりの9月、まだまだ制服のズボンの裾や、ワイシャツの袖を捲りたくなったり、セミも1周400Mトラックの、最後の直線に差し掛かった陸上選手の様に、ラストスパートをかけるべく、最後のチカラを振り絞って鳴きに鳴きまくっている。


私の教室の窓からは、1学期と変わらず「斉藤自転車」という、個人事業主なのです私は、という主張を、全面的に打ち出している自転車屋さんの看板が変わらずに見える。


が、しかし、だ。


私の目に映る「斉藤自転車」という個人事業主然としまくっている看板。


1学期と変わらないはず、というか永遠に変わらない個人事業主然を前面に押し出している看板だと思っていたのだが………



霞んでますやん!!!!


WHAT!!!何度も何度も利き目である右目の瞼を強めに擦り、サーモグラフィーで右瞼を確認したのなら、確実に濃いめのオレンジから赤くグラデーションになっているくらいに擦りまくり、瞼の表面温度を上げてみるが、個人事業主然とした「斉藤自転車」の看板は霞んだままだ………


このへんでやっと気づく……


たった40日前より視力落ちてる…


夏休み前には、確かに両目とも1.0くらいはあったはずだ。


ここで視力が激落ちした整合性の取れる理由を思いつくがままに列挙してみる。


(1)   パチスロ


(2)  パチスロ


(3)  パチスロ



パチスロ!!!!



そう、どんな形状のクソよりもよっぽどクソらしかった私は、プレイしてはいけない年齢にも関わらず、何故か友人が皆んなプレイしていた、という理由のみで、夏休みの大半をパチンコ店に入り浸り尽くし、目押しをしまくり、汗水と、ついでに鼻水をも垂らしながらも頑張ってバイトで稼いだ福沢諭吉様達を、真夏の高圧的、且つ、暴力的な太陽の下においては、あっという間にその渦巻きの形を失ってしまうソフトクリームの様にドロドロと溶かし、挙句、マイナスの副産物として、視力をも激落ちさせてしまったのだ……


とはいえ、そこに関しては劇的にアホだった私の脳が思い出した小学生時代の思考…



眼鏡をかけて、ギプスをして、松葉杖をついてる男子はカッコいい!!


手の施しようのないアホ具合である、振り返ると小学生の頃は、視力が低く、黒板を見る際に無意識に目を細めてしまっていた子が、ある日突然かけてきた眼鏡に猛烈に憧れたり、骨折した子のギプスとか、足を怪我している子が登校してくる際に使用している松葉杖を羨望の眼差しで見つめ、松葉杖を使いたいから足を怪我したい、とはいえ、大した被害も無く軽めの怪我で松葉杖を貸与してもらえるのか?であれば、少しだけ強めの怪我をすべきなのか、とりあえずは大怪我をしないであろう、30センチくらいの高さから軽めに捻挫をする様な着地を試みたり、ワザと内股気味で歩いたら軽く捻挫出来るのでは?と、常に捻挫をしたいベースで思考を構築し、出来る事なら被害最小限の軽めの捻挫をし、松葉杖をつき、ある日突然眼鏡をかけて登校したかった。



そんな私がついに!!!!


眼鏡かけれますやん!!


早速その週末、眼鏡入門生の私は、スキップをしながらも、三歩進んで二歩下がるを繰り返し、時折りトリプルアクセル等の大技を織り交ぜながら、眼鏡屋の門、では無く、叩かなくても良い自動ドアを「たのもーーう」と叩き、何となく薦められたフレームを、太鼓持ちが得意な店員さんに「良くお似合いですよー」と、ヨイショされるがままに選び、視力を測定し、両目共「0.5っす」と告げられレンズを選び発注する、仕上がり迄に2週間程度かかると言われ料金を支払い帰宅する。


そして約2週間の時を経て、ついに私の元へとやってきた入門編の眼鏡を、そっと胸の前で小鳥を抱くように優しく包みこみ、自室の鏡の前で小慣れた体を装い前髪を掻き上げながら、作りたて、且つ、鮮度抜群なイキの良い眼鏡をこれ見よがしにかけてみる………が………


あれっ………


似合ってなくね………


2週間前の試着した時の私では無い誰かが確実に鏡に写っている、そう、ここは勿論太鼓持ちの店員さんが「良くお似合いですよー」とかヨイショしてくれる事は無い、つまりは太鼓を叩かれて舞う事も無い自宅の自室の鏡の前……


しばしの逡巡の後………


導き出した答え………



諸々と無かった事にしよう!!


そうと決めた私は、とっとと眼鏡をケースにしまい、学習机の引き出しの1番奥へと、この2週間の間に起きた出来事と、濃厚な感情を添えて「そーっと」しまい込み引き出しを閉めた……


時は経ち、この度、晴れて「眼鏡等」の記載が運転免許証に新たに記された私。


その時買った眼鏡は、随分と時間が経った今でも、大切な思い出と共に保管されている。


そしてタイムカプセルの様な、セピア色の思い出がこれでもか!!と詰め込まれた眼鏡の入ったケースを開く時、ついにその時が来た様だ。


今もたぶん似合わないと思う。


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