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短編連作|『打ち子伝』 ⑴

文・ハル ハヤシ (4280字)

1 パチンコ店、静まる 

 俺はパチンコの打ち子。未成年なので本当はパチンコ店には入れない。でも、背が175センチあり、顔をマスクでかくせば誰もわからない。それに最近はコロナを心配してみんなマスクをしているので、ますます安心だ。

「打ち子」というのは、簡単にいうと人の金でパチンコを打つ仕事。俺はそのサブリーダー。店で他の打ち子の監督もしている。

 パチンコって知らない人も多いだろう、教えてやろう。サイコロを振って当たりの目が出たら1万円もらえるゲームと思ってくれ。ただ、そのサイコロが普通のサイコロみたいに六面体じゃない。400面体とか、500面体。そう、確率400分の1とか500分の1のサイコロゲーム。サイコロを1回振るのに4円。このゲームにはオマケがある。ほとんどの客はそのオマケ欲しさにパチンコを打つ。それが確変。確変は一度当たったあとにサイコロが30面体に変わること。あっという間に次の当たりを引ける。これが連チャン。また1万円だ。俺は最高で25連チャンしたことがある。

 ただサイコロを振っているだけだと客は飽きてしまう。だから、パチンコ台のまん中に大きな液晶画面が付いている。これでいろいろな「演出」をして、お客の興味をひく。いちばん有名なのが海物語の魚群。画面を魚の群れが横切る。みんなきっとテレビドラマでどこかのバカがパチンコを打つシーンをみたことがあるだろう。そのときそいつが「当たった!」と喜ぶときにきっと魚群が横切ったはずだ。あとはエヴァ初号機が吠えたり、北斗の拳のケンシロウがラオウに向かって北斗神拳を打ったり。とにかく画面がハデに光れば光るほど、音が大きくなればなるほど当たりそうだと思えばいい。ちょっと前は玉を打ち出すためのハンドルがブルブルするのがあったようだが禁止された。お上がいう射幸心のあおりすぎってヤツ。

 打ち子の朝は早い。7時にはラインが入る。その日行く店の名前が書かれている。店には開店の1時間前、9時には着かなければならない。指定される台を取る競争のためだ。雨の日も風の日も、暑くても寒くても。それができなければ打ち子は失格。

 秋晴れの良い天気だ、俺が季節を感じるのはこのときだけ。店に入れば季節のない騒音の世界だ。リーダーの使いが来てメモと金をくれる。メモにはその日の打ち子のリスト、誰がどの台を打つかが指定されている。いくら使うかもだ。今のパチンコは当たらないと30分で諭吉さんがひとり消えていく。この日、受け取ったのは17万、打ち子は俺とあと4人。打ち子ごとに金が割り振られている。俺だけで5万だ。

 指定された台は海物語の538番。俺は海物語がきらいだ。ただ魚群を待つだけ。でも、その信頼度はせいぜい30パーセントくらいだ。周りには台を叩くジイさんとバアさんばかり。そうしても何も起こらないのを知っているのに、ただ習慣で叩く。彼らは何の根拠もなく、台を選んでいる。それでいて、あっという間に当たりを引いたりもする。そのたびに大騒ぎだ。

 3千円で魚群がくる。違う、あの騒々しいパチンコ屋が静まる気配がない。俺にはある。パチンコが当たる寸前に、俺の周りの音がすべて消えることが。すぐにまた魚群がきた。もしかしたら……。周りは騒がしい、外れた。これを外すようでは、この台はもう当たらない。5万どころか、10万つぎ込んでも当たらない。リーダーにラインする。

『538番はダメ、金のムダ』

『そうか。では今日は撒き餌だ。5万全部打ち込め』

『でも、ムダじゃん』

『5万入れとけば、後からジイさん、バアさんがあと10万はツッコム。それを明日みんな回収すればいい』

 俺は了解した。明日打つのはきっと俺じゃない。そんな簡単な仕事は俺には回ってこない。きっとあっという間に当たりを引いて、15万はもうかるだろう。

 そんなにもうかったら打ち子が金を持って逃げないかって?

 逃げたくなるよね、そんな金を手にしたら。そのときは俺がそいつの逃げたことを、リーダーに知らせる。逃げたヤツをどこまでも探して、ボコボコにして金を取り戻す役が他にいる。そうさ、俺らは大きなシンジケートの歯車なんだ。一度ボコボコにされると、打ち子をやめるか、打ち子を続けて逃げるのをやめるかのどっちかだ。

 俺は538番を打ち続ける。たまに他の打ち子の台をチェックする。エヴァの125番は早々に当たりを引いて連チャン中、でもあまり伸びないだろう。

「連チャン終わったら、一箱までだ」

 俺の3倍くらいの歳の打ち子に注意する。パチンコはやめ時が大事だ。熱くなったら負ける。エヴァの161番はいまのところ苦戦中、でも当てたら大きそう。

 シンジケートには解析屋と呼ばれる役回りがある。俺らが送ったデータを集めてどの店のどの台が出そうか予想する役だ。俺は会ったことないけど、すごく優秀だ。この台には俺の次に大きな資金が与えられている。今日の稼ぎ頭になるだろう。この打ち子は俺の次に若い。一度ボコボコにされたことがあるらしい。

 あと二人はスロットを打っている。7を三つ揃えるだけのゲームだけど、仕組みはパチンコより複雑だ。確率ゲームであることは同じだけど、スロットは店が当たりやすいかどうかを決められる。「設定」っていう。設定「6」に座れれば勝ちがほぼ約束される、設定「1」に座っちゃたら一巻の終わり。店としては全部「1」にしてもうけたいけど、それでは客が飛んじゃう。「3」や「4」を少し入れて、目玉の「6」をどこに置くか置かずに稼ぐか。スロットは解析屋の腕が試される。店の戦略と解析屋の読みの勝負だ。7を揃えるといったが、正確にいうと揃えさせてもらう。スロットの内部が「いいよ」といわない限り、絶対に揃わない。「いいよ」というちょっとしたサインを見逃さないこと、それがスロットを打てる条件だ。

「出ているようだな」

「いや。設定はそんなに高くない。伸びそうにない」

 スロットの打ち子はみんな若い。動体視力が必要。反射神経も大事。とっさの判断力もいる。パチンコの打ち子はバカでもなれるが、スロットはそうはいかない。

「今日は『6』を置いていないみたいだ」

 ウチの解析屋は予想にデータだけでなく、打ち子の主観も取り入れている。何やら俺のまったくわからない、難しい数学まで使っているらしい。この打ち子はいずれ解析屋になりたいと思っている様だが、まず無理だろう。

 席に戻ってまた打ち始める。あちこちでババアが歓声を上げる。彼女らはやめることを知らない。夕方まで、ヘタをすると閉店まで打ち続ける。パチンコだけが楽しみのギャンブル依存症。ダンナの保険金をせっせと使っているのかも知れない。あるいは年金生活者、年金を使い果たすまでパチンコ屋に通う。そういえば偶数月の半ばにパチンコ屋が混む。そんなときが俺たちの稼ぎ時だ。

 538番は思った通り当たらない。自分の金ではこんな打ち方はできない。けど、今の俺はシンジケートの歯車だからそれでいい。5万を台に吸い込ませ、店のデータを解析屋に送る。打ち子の儲けを回収して、リーダーの使いにわたす。それで一日、7千円。領収書はいらない。

 共稼ぎの父と母は、俺がこんなことをしているなんて知らない。学校をサボっていることには気づいている。俺には何もいわない。学校の先生も何もいわない。たまに学校に行って試験は受ける。それでもわりと成績は良い。上の中くらいか。偏差値は決して低くない学校だ。

 リサが店に入ってきた。俺よりも若いだろう。歳をかくすためか、それとも趣味なのか、いつもおしゃれな装おいをしている。一五〇センチちょっと、髪は栗毛のショートボブ、長めのワンピースにローヒール、濃い頬紅に長いまつ毛、かなり目立つ。俺の趣味だ。ゆっくり、慎重に台を選んでいる。一台、一台データを確認する。何発か打って台を離れる。いつものやり方だ。

 俺は打ち子にならないか誘ったことがある。答えはノー。人の金でパチンコしてもつまらない。スリルがないそうだ。そのときの感じではまだ中学生かも知れない。もっと驚いたのはその声が変声期の男子のものだったことだ。

 牙狼を選んだ。いま一番ギャンブル性の高い台だ。ハイリスク・ハイリターンの極地。ウチの解析屋は、こういう台は絶対に選ばない。俺はチラッとデータをみる。けっこう当たっているように見える。しかし、そこが牙狼のヤバイところ。当たっているのは全部玉の出ない小当たりばかりだ。そのことを教えてやる。

「それ。みんな小当たりだよ」

「うん」

「知っていたのか」

「うん」

「それでも、打つの」

「小当たり8回のあとは、爆発するってきいた。あと2回」

「そんなのはオカルトだよ」

 パチンコにはいろいろなジンクスがある。それが重なった都市伝説みたいのがオカルト。

「でも、いい」

「小当たりだけでも二回引けるかどうかだぞ」

 俺はリサがいつも2万円だけしかパチンコに使わないのを知っている。もうすぐ当たりそうな感じでも、2万で当たらなければやめる。そのあと誰かがすぐ当たりを引いても後悔しない。というか、そのときにはもう店にいない。引き際もよい。どんなに連チャンした後でも、すぐにやめる。そのあと、すぐ誰かが座るけどたいていまったく当たらない。

「ギャンブルだから」

 そういってリサは台に集中する。俺はもう何もいえない。俺は5万を指示通り538番に献上する。パチンコの打ち子のエヴァ2台はそれぞれ5万と11万の勝ち。スロットの二人はまだ打ち続けている。それぞれ3、4万の勝ちというところか。俺の台の負けが足を引っぱって全体としては渋い。

 リサの台は、小当たりすら引けていない。

「ほら。だからいったじゃないか」

「ギャンブルだから」

「牙狼は難しいよね」

「うん」

「牙狼、好きなの?」

「今日が初めて」

 俺は驚く。

「よく座ったね」

「なにか当たりそうな気がした」

「データ真剣にみていたようだけど」

「みてもわからない」

「ポーズなのか」

「いや、なんとなく」

 そのときだ。パチンコ屋の喧騒が静まりかえる。あの瞬間(とき)がやってくる。リサの台の周りが静寂に包まれる。まるで時間が止まったようだ。当たりを引く前におとずれる、俺だけの「沈黙」の瞬間。

「おめでとう」

「……」

「当たる」

「えっ!」

 パチンコ台の上の牙狼の目が光り、黄金の仮面が前にせり出し始める。牙狼のハデな大当たり演出が始まる。10万円はもうかるだろう。

 俺は店のデータを集るためにリサの台を離れた。

(続く)

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