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短編連作|『打ち子伝』 ⑵

文・ハル ハヤシ (4112字)

2 リサ、誘拐される

 俺は打ち子、相変わらず人の金でパチンコを打っている。大きなシンジケートの小さなグループのサブリーダー、中間管理職にも満たない組織の歯車だ。今朝、知らないアドレスからショートメールが届いた。あと30分寝られたのに、振動で起こされた。そういうのは無視するのが俺の質(たち)だ。いつもの通り店の前に並んだ、そのときだけが俺が季節を感じるとき。店の中は季節のない騒音だけの世界。そろそろ靴を買い替える必要がありそうだ、寒さが靴底から沁みてきた。そのときリーダーからラインが入った。

『リサのことでショートメールが来ても無視しろ』

 無視しろと言われると無視できないのが俺の性(さが)だ。ショートメールをみる。

『リサをさらった。取り返したかったら私と勝負だ。詳細は追って連絡する』

 リサとは俺のシマのひとつで知り合った。おそらくまだ中学生くらいの女装したパチンコ打ち、恐ろしく運が良い。そして潔い。ショートボブが妙に似合って可愛い。同じパチンコ屋でパチンコを打っているだけの彼女、いや彼のために俺が勝負する義理はない。そのときまた同じアドレスからメールが届いた。当然無視だ。

 店に入ると何か騒(ざわ)ついていた。これはパチンコ台から出ている騒音(ノイズ)ではない。人の声が重なったものだ。

リサが、リサが、リサが、リサが・・・

 馴染みの店員が寄ってきた。

「ジュン、リサが誘拐された。どうやら縄張り争いに関係しているようだ」

「どうして分かった。でもなんであいつが縄張り争いに関係するんだ」

「噂ってやつはオリンピックの短距離ランナーより早く駆け抜ける。この店の常連はもう誰でも知っている。リサはお前のところのボスの息子だよ」

「ボスの息子?」

「知らなかったのか。知らずに付き合っていたのか」

「付き合っちゃいないよ」

 しかたなくメールを開く。

『状況はつかめたろう。明日、D店で勝負だ。私が負けたらリサは解放する。私が勝ったらあんたには私のシンジケートに入ってもらう』

 D店は彼らのシマだ。パチンコ台の規格が変わって1ヶ月、台の動向がまだ読めないときに相手のシマでパチンコをするなんて飢えたライオンの群れに飛び込むようなものだ。それにおかしな条件だ、俺は困惑した。そのとき、リーダーから電話が入った。彼とのやりとりはほとんどがメールだ、彼の慌てぶりがわかる。

「お前のことだ、もうあいつのメールをみただろう。勝負をするな、これは命令だ」

「リサはどうする?」

「あいつが交換材料にならないことがわかれば、多少痛めつけてボウズにでもして解放するだろう。もともと家出しているただのガキだ。お前が勝負して負けると、勝つまで何人の打ち子を差し出すことになるかわからない。もともと成立していない条件なんだ」

「そういうバカ息子ほどボスはかわいだろうに」

「お前はまだ甘い。組織はお前を大事にしているんじゃない。打ち子の数が減るのが嫌なだけだ」

「じゃあ、俺一人だけいなくなるのは構わないよな」

「バカなことを考えるのは止めろ。お前がボコボコにされるぞ」

 電話の間に俺の心は決まった。俺と向こうの組織との勝負として受ける。ボコボコにされるといっても、腕を折られたりはしない。あちこちに青あざができるだけだ、顔は勘弁して欲しいけどそれも仕方ない。

 その後ショートメールが頻繁にきて勝負の詳細が決まった。持ち金3万円の3時間勝負。台移動は自由。3時間後大当たり中でもその時点で打ち止め。短期勝負はますます俺には不利だ。不利を承知で引き受けた勝負は不利なほど面白い。俺は胸の高鳴りを抑えた。命を取られるわけではない。勝っても負けても身体にちょっと傷がつくだけだ。やらなければ俺の心に傷がつく。

 翌朝はさらに冷え込んだ。何処かの馬鹿が夜の間に店の掃除の後に撒いた水が凍っていた。俺はそれを避けながらD店に向かった。店に入る路地を曲がると車椅子に乗ったロングヘアーの女が立っていた、いや座っていた。でも背筋をスッと伸ばし、前をじっと見つめる凛とした佇まいは「立っていた」というのが相応(ふさわ)しかった。

「この勝負止めなよ」

「誰だ。アンタは?」

「そうね。会ったことも、話したことも一度もなかったね。毎日メールはもらっているけど」

「え!」

「私、解析屋」

 解析屋が女であるとは知らなかった。まして、車椅子に乗っているとは。

「大変だったろう。リーダーに頼まれたのか」

「車椅子で移動するのが大変というのは誤解よ。私の頭の中には補助なしで移動できる東京中の地図が入っている。誰にも頼まれていない。私だけは組織の中でも自由よ、アンタなら理由はわかるでしょう」

 確かに解析屋の力無しに組織は成り立たない。

「手に入るデータをかき集めてD店の勝てそうな台を探した。持ち金が無制限で1日勝負だったらアンタの腕でなんとかなるかも知れないけど、3時間では無理よ」

「わかっている。俺にも秘策はある」

「そうね。何をいっても止めるアンタじゃないね。できたら又一緒に仕事をしたいわ」

 そういって、解析屋は1枚のメモをくれた。数字が2つ、台の番号だ。○と▲が付いている、俺たちの組織の符号だ。○は安定した台、1日勝負すれば勝てる。▲は競馬でいえば穴、一発当たればデカイがどこで当たるかわからない。本当のギャンブル台。

「ありがとう、またな」

 そういって解析屋と別れた。開店10分前に店に着いた。黒服のいかつい男どもが三人で俺を出迎えてくれ、3万円をくれた。軍資金をくれるとは思っていなかった。

「俺の相手はどこだ」

「教えられない」

 予想していたことだが、さらに条件が厳しくなった。俺の相手は1人ではない。タイマンではなく、相手は何人いるかわからない。上等だ、これも想定内だ。俺は店を一回りした。焦って打ち始めることはない、軍資金1万円は玉持ちが多少良くなった新スペックでも当たりが引けなければ2時間は持たない。みたところ奴らの打ち子はおそらく3人だ、同じ商売をしているやつは雰囲気(におい)でわかる。それぞれの居場所をダチに連絡した。俺の動きは見張られている、俺は相手の動きを掴むため素人っぽくみえるダチを集めておいた。彼らから相手の動きは連絡が入る。俺は奴らより1発だけでも余計に出せばよい。解析屋が選んでくれた台をまずみる。○がついた台は勝みが遅い、3️時間の勝負には向かない。▲はいつでも爆発しそうなツラをしているが曲者、勝負台には向かない。勝負を止めろというのももっともだ。俺は好き嫌いを捨ててまず海物語を打つことに決めていた。設置台数が多い、その中には必ず短時間で当たる台がある。それを選ぶのだ。海物語のシマに奴らの打ち子が1人いた。ひどい台に座っている、まるでど素人だ。これで敵は2人に減った。

    俺は候補を2台に絞った。まずは207番台、5,000円まで様子をみることにした。クギは悪くない、適当に打ってもボーダー(計算上チャラになる千円当たりの賞球数、台選択のひとつの指標)は超える。しかし、予告は泡ばかり、当たり目は素通りしていく。投資3,000円を超えたところで泡、ジュゴンとエンゼルフィッシュのダブルでマリンが降りてきた。弱い予告と強いリーチの組み合わせ、俺的にはダメ台の証(あかし)だ。ただのオカルトだけど、こんなときはオカルトにもすがりたい、5,000円できりあげた。次は288番、もうこの台と心中するしかない。クギは良くない、ストロークを調整しながら打ってやっとボーダーというところか。ただ、台の上にあるデータ表示からみてこの台は当たりたがっている。問題は俺が25,000円でそれを引けるかだ。

    15,000円突っ込んだ。あの瞬間(とき)がきた。台のまわりに静寂が訪れた。と同時に魚群が走った。図柄はカメ、確変だ。と、魚群と一緒にサムが泳いで俺を祝福してくれている。確変確定のプレミアだ。確変確定プレミアは伸びないというオカルトはこの際捨てておく。あとは連荘がどれだけ続くかだ。時間は1時間半ほど残っていてたっぷりある。少しでも出玉を稼がなくていけない、俺は止め打ちをすることに決めていた。止め打ちというのはアタッカー(大当たり中、ここが開いて玉が入ると15発の玉が戻る)開いているときだけ玉を打ち出す技術(わざ)だ。タイミングが狂うと出玉を失う、正確な時間感覚が必要になる。そのためには興奮してはいけない、アドレナリンを出してはならない。上手くいくと1回の大当たりで3、40発の玉が余計に稼げる。短期勝負では貴重な数だ。7連した。残り時間は30分。出玉は10,000発弱、残金の1万円の2,500発分合わせて12,000ちょっとだろう。ダチから来たラインで奴らの様子を確認する。海物語の甘チョロは予想通り当たりなし。今日はたっぷり絞られることだろう。もう一人は5,000発ほど持って勝負中、出玉グラフをみると残り30分では当たらないだろう。最後のひとりは持ち金ギリギリで当たりを引いて連荘中。このまま連荘が続くと俺の負けだ。俺は残り30分で少なくとも2連しなしなきゃならない、時短中に当たりが欲しい。時短が半分終わったときに連絡がきた。8連で止まったという。俺は打つのを止めた。そいつが時短で引き戻せなければ俺の勝ちだ。奴のグラフをみると完全に頭打ちだ。

 そのときまた連絡が入った。解析屋が▲を付けたエヴァで20,000発越えの女がいるという。奴らの打ち子は4人いたのか? であれば、俺の負けだ。

 一時になった。黒服が来て出玉を確認した。

「お疲れさん、あんたの勝ちだ。リサは約束通り返す。いい腕をしている、今回のことであんたの組織に居づらくなったらいつでも来い」

「リサはどこだ」

「店の外にいる。またな」

「できたら会いたくない。打ち子はもう止める」

 リサは店の入り口でふてくされた顔をしていた。

「ありがとう」

「……」

「どうして助けてくれたの」

「お前の髪が好きだ、刈られたくなかった。腹が減ったろう、サイゼにでも行こう」

「ロイホがいい」

(続く)

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