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「おもろい以外いらんねん」

「つじちゃんに絶対読んで欲しいので」と阿佐ヶ谷の書店員の友人から、「文藝2020年冬季号」が送られてきたのは昨年の秋のこと。

「おもろい以外いらんねん」というタイトルの小説をとにかく読んで欲しい、出来る限り早く、とのことだった。

作者は大前粟生さん、「おおまえあお」と読むようだ。どうやら京都在住の20代後半くらいの人らしい。

「おもろい以外いらんねん」はタイトルの通り、お笑い芸人の物語で、分かる分かる…!と心躍る場面もあれば、自分自身の振る舞いやお笑いファンとしての在り方を問われて気持ちがすり減るような場面もあり、つまりは大傑作だった訳です。読んだ方がいい、お笑いファンもそれ以外も。そう、出来る限り早く。

このたび、「おもろい以外いらんねん」が書籍化するということで、書き下ろしコントの特典を目当てに大阪のtoibooksで購入しました。キラキラとした宝物に近いものです、私にとっては。

この本の感想はまたいつか落ち着いた時に書こうと思います。落ち着いた時…?そう、今は興奮しているので…


「文藝2020年冬季号」を読み終えた私は、秋から冬にかけて慌てて大前粟生さんの書籍を読み漁ることになります。


この「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」という本を是非とも読んでみてほしいと思う。「新しいジェンダー文学、やさしさの意味を問い直す物語に、共感の声」という帯の文面にはイマイチ共感できなかった私ですが、この本は相当良いです。

表題作の「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」は大勢の人がレビューを書いているので是非ともそちらを読んで欲しいのですが、何が素晴らしいって表題作以外の3本の短編もとにかく全て良いのです。

なかでも「たのしいことに水と気づく」という書き下ろし作品が個人的には一番好きで、ラストの1ページで物語のスピードがとんでもなく加速していくあの感じ、主人公が「ぎゃ、わ!」と叫んだ瞬間、私も同じ様に叫んで、共に涙を流しました。疾走、葛藤、鬱屈、爽快、つまり名作です。

「バスタオルの映像」は、今回書籍化した「おもろい以外いらんねん」のプロローグ的な作品。コンビのお姉さんの目線で物語が進む。自分が試されているかのような描写で思い出してしまう、笑えずに顔面の筋肉が硬直してしまう、あの瞬間のあの感じ。自分はどちら側にいるのだろうか。

「だいじょうぶのあいさつ」は、「たのしいことに水と気づく」と並ぶ位に好きな作品。設定の奇抜さとかキャラクターのコミカルさで序盤はニヤニヤしながら読めるんだけど、「これは笑い事では無い…」と直ぐに気付かされる。兄と妹、父と母、家族という世界とそれ以外の世界。


総じて言えるのは、最近よく耳にする「生きづらさ」という言葉一つだけでは到底片付けられない、もっと複雑な感情や事情があるんですよねってことです。人生はかなり難しいし生きていくのは相当しんどい、「無理しなくて良い」なんて言われなくても分かっているし、だけど少しの無理くらいしなくちゃ生き延びることができない場合だってある。


ほんの数日間で良いから、全てぶん投げて知らない街に旅行してみたい、一人旅なんてしたことないしそもそも旅行自体行かないので良い機会じゃんね。知らない街の景色を見て、聞き慣れない方言を耳にしながら、良さげな居酒屋に入ってお酒を呑んだらきっと楽しいよ。当方そんな金はないのですが、まぁどうにかなるでしょう。


そんな気持ちにさせてくれます、大前粟生さんの作品は。読みましょう。お勧めです。


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