記録

母方の祖父はとにかく動画を撮るのが好きだった。
旅行には必ずあの黒いビデオカメラを持って行った。
ひな祭り、庭でのプール遊び、クリスマス、ことあるごとに家でも動画を回していた。
たまに家族で昔の映像を見返すが、それらはほとんど祖父が撮ったものだ。

対して両親は滅多に動画を撮らない。
だから学校行事の様子を残したものはほぼない。
運動会、音楽発表会、卒業式、どの映像も残っていない。
父はそもそも単身赴任が多く一緒に暮らしていなかった時間が長いから行事にはあまり来なかったのもあるが、母は必ず来てくれていたはずだ。

母曰く、「画面越しじゃなく直接観たい。心の中で記憶していたいから」とのこと。
私が芸能人にでもなって幼少期をVTRで紹介することになったときに困るとは思わなかったのだろうか。


だからおそらく隔世遺伝だ、私がよく動画を撮るのは。
心で観たいのは勿論分かるし、私も心でも観ているつもりだ。
しかし、今この瞬間を永遠に閉じ込めてしまいたい。
そんな強情で、私は撮る。


VHSに保存されていたものは、いつの間にかブルーレイになっていた。
祖父が時代に合うように、データ移行をしっかりしてくれていた。


昨年夏、もう使わないからと言って祖父から貰っていたUSBが壊れた。
大学の課題のデータをたくさん入れており、かつ期末前で焦り、4万円で修理に出した。
正直、自分のメモが消えるだけで元の課題データは学習支援サイトにアップロードされているし、USBが欲しいだけなら買った方が断然安かった。
でも私は何となく、諦めたくなかった。

USBが返ってきた。
修理に出したUSBに入っていたデータを、別のUSBに移した形で、祖父のUSB自体は、完全に使えなくなった。
一部のデータは復元できなかった。
英数字の羅列になってしまったファイル名を、1つずつ開いて中身を確認し、名前をつけなおして分類し直していく。

その中で、不可解なファイルがあった。
課題で使っているのは、大体がWordかPDFなのに、身に覚えのないExcelファイルが大量にある。

1つ開く。
表示されたのは、歌謡曲のメロディー譜。

祖父はよく音楽を聴いていた。
晩年は、唐突にアコギを買ったりキーボードを練習していたりした。
その練習の跡だ。

メロディー譜だけではない。
TAB譜も、両手の楽譜も。
もっと初歩的な、どこがCで、どこがAで、どこに親指を置けばいいのか、人差し指でどこを押さえるのかのメモも。
流石デジタルに強いじいちゃんだ、楽器の練習にもPCを活用していたのだった。
結局そんなに練習はできなかったが、祖父なりに楽器を愉しもうとしていた。


でも、私がUSBを貰ったとき、祖父のデータは全て削除されていたはずだ。

私の課題データは戻ってこないのに、一度消された祖父の楽譜データは復元されたのだ。

そんな現れ方をしなくても、私が祖父を忘れることなど絶対にないのに。
一体どういうつもりなのだろうか。

データ復旧がどういう仕組みでされているのかは分からないが、何かのメッセージとしか思えなかった。


まだ私は、私にとっては初歩的すぎる大量の楽譜データを消せずにいる。
たかがExcelファイル、実体のないデータである。
しかし、祖父がこの世にいたという紛れもない証なのだ。
こんなものが、思い出に、大切なものになるとは思わなかった。


この話をしたら、母は少し泣きそうに笑って言った。

輝男さんらしいね。

亡くなる1年前、妹の最後のセーラー服姿をスマホに収める祖父

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