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笑顔

自分が普段どんな顔をしているかって意外と分からない。

どのコミュニティにも1人くらいは常にニコニコしていて感じがいい人っていて、そういう人に憧れる部分はあれ、じゃあ自分がどのくらい笑顔でいるかって想像もつかない。
一人でいる時は100パーセント真顔だし。というか街角で一人の時に笑顔だったら怖いって思われちゃうかもしれないよね。そんな私は歩きながら芸人さんのラジオを聴き、ついつい1人噴き出してしまう怖い人間です。

昔バイトしていたある遊興関連のお店は、軍隊みたいな研修があった。
5時間×3日間びっしり行われる、怖いやつ。
何ページにも渡る接客のいろはに関するでっかい資料を、ギンッギンの眼をした社員たちに囲まれながら読まされ、一人一人覚えなきゃいけない社訓みたいなのを発表し、覚えてなかったらまあまあの強度で怒られる。
「いらっしゃいませ!」の声の出し方ひとつを何周も何周も練習してフィードバックを貰う時間は、本当に大変で涙が出そうだった。

途中、社員さんがキレて「もう研修はできません」と言って出ていくターンもあった。小学校以外でそれをやっている大人を見た事がなかったので、新鮮でとても良かった。みんなで話し合って社員さん謝り、今後の研修を100パーセントでやりきります!と宣誓をした。

悲しいかな、その時はまだバイト経験がほぼなかったので、「まぁ接客業なんてそんなものかなぁ」と思っていたし、意外とそういうのを楽しんでできるタイプだったので当時は気にもとめなかった。それから他の元気なバイト先に恵まれたことで、あれ実はちょっとやばかったのかもな、とやっと分かるようになってきた。

その研修では、笑顔の練習の時間があった。
ただ単純に、持ちうる全ての力を込めて笑顔を出すやつ。お互いにその顔を見合ったり、それをキープで挨拶をしてみたり。

これを聞くと「やっぱりやばいやん」となるかもしれないが、意外と有用だった。その結果、「職場では常に笑顔でいること」が身につき、勤務中自然と笑顔が出るようになった。接客なんてニコニコしてしていればしているほど気持ちがいいので、別に悪いことではない。

ただ私の場合、笑顔が完全に「仕事」と結びついてしまった。これは悲しい副作用だった。
最高の笑顔をする時、私はいつだってバイトのことをふっと思い出す。
芸人さんのポッドキャストが、『クセがすごいネタグランプリ』のショートネタが、無限大ホールの若手芸人単独ライブが、盛り上がれば盛り上がるほど私は笑い、バイトのことを思い出して「はぁ〜」と心の中でため息をつき憂鬱になる。

でも、仕方の無いことだった。これはきっと誰にだってあることなのだ。
家にかかってきた電話なのに、部署から名乗ってしまったサラリーマンさん。プライベートでショッピングに行ったのに陳列をなんとなく直してしまったアパレル店員さん。職業病は職業の数だけある。
きっと赤ペン先生を生業にしている人は、赤色の何かを見ただけで子供たちの惜しい答案を思い出し、悲しい気持ちになっているだろう。赤ペン先生が点数が悪かった小学生へのコメント力でバズり、芸能界デビューなんかしちゃったりしても、カズレーザーはおそらく共演NGだ。
私はそれがただ、表情だっただけなのだ。悲しいが、その運命を背負って生きるしかない。

ところで私は数年の間、歯列矯正をしていた。笑うと見える矯正装置がなんだか恥ずかしくて、そもそもあまり笑わずにいた。
そのせいか無愛想な人間だと思われることもあったが、それも仕方が無いと諦めていた。
その矯正が、一昨年取れてから、私は少しずつ笑えるようになってきた。マスク生活が功を奏したところもある。

昨年、お世話になっている今のバイト先で、先輩に「いつもニコニコしているね!」と言われた。
褒めてくれたのか、ニヤニヤしやがって、という意味なのかは分からないが、私にとってはとても嬉しい言葉だった。笑顔に苦手意識を持っていたが、こうやって口に出してもらえたことでなんとなく気持ちが和らいだ。

今後爆笑する時は、仕事は仕事でも、楽しいバイト先のことを思い出せそうです☺️

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