【禍話リライト】忌魅恐NEO「事故現場にお酒がいっぱい」

 かつて、とある大学にオカルト・ホラーをメインとして活動する文芸サークルがあった。様々な事が起きて、サークル全員が行方不明となり、一つの冊子が残された。紆余曲折あって、この冊子が禍話の語り手であるかぁなっきさんの手に渡り、その中から問題なさそうな話を語るというのが、禍話屈指の人気企画である忌魅恐だった。

 ところが。

 関係者の間であまり良くないことが起きてしまい、これ以上忌魅恐の話をすることができなくなってしまった。
 それならば。
 例えば、怖い話を集めている人達が「この話はちょっと出来ない」と言っている話を受け取って、定期的に話してみるなら、それはオリジナルの忌魅恐にコンセプトが近いシリーズとなるのではないか。そういう趣旨で始まったのが忌魅恐NEOである。

 これは、その忌魅恐NEOで最初に紹介された話。

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 昔、とあるコミュニティで怖い話を集めていたというAさんから聞いた話なんですけども。

 Aさんは最初のうちは心霊話だとか、洒落怖の考察だとか、そういう普通の怖い話を主にしていたそうなんですが、ある時「身近にいるちょっと変わった、危ない人」の、いわゆるヒトコワ系の話を何気なく話したんだそうです。

 これがとてもウケまして。
「そんな人が身近にいるならネタの宝庫じゃないですか」
 なんて言われて。

 元々Aさんは、そういう危ない人達とは付かず離れずの距離を取るようにしていたんですが、取材を兼ねてというと言い方が悪いですけど、ちょっと付き合いの頻度を上げてみたんだそうです。彼らのトラブルを見聞きしてそれを披露する。いつしかそういう話がAさんのネタの主軸にシフトしていったんです。

 そんな危ない人達の中の一人にとてもお酒が好きな人がいまして。

 聞けば、大学生になって1人暮らしを始めてからすぐにお酒の味を覚えてしまって、完全に依存症のようになるまで飲んで、そのまま大学も留年を繰り返し、親からも勘当寸前というか見放されてる状態で、日雇いのバイトで食いつないでるという。

 Aさんはそんな人と大学のサークル関係で知り合ったんですが、その人本当に危なっかしいんですよ。
 バイトもそれ本当に大丈夫なバイト?って聞きたくなるようなものばかりやっていたり、あるいはパチンコのオカルト必勝法なんかをやって全額すったり。

 そんな人の話をAさんが披露するとやっぱり盛り上がるんですね、だからずっと付き合いが続いていて。

 ある時、いつものようにその人が競馬だか競輪だかのオカルト必勝法を5万で買って、「今度こそ!」とか言っていたんですがやっぱり大負けしまして、残念会じゃないですけども少し奢ってあげたんだそうです。

 その帰り道、

「しばらく安い酒しか飲めねえよ…」
「仕方ないですよ」

とか何とか適当に相槌を打っていると、ふと前方の狭い四つ辻の一角の電信柱の前に、すごい数の花とかお菓子とかが置いてあるのに気が付いたんだそうです。
 何だろうと近づいてみると、花や菓子に混じってかなり高い海外メーカーの煙草なんかもすごい数置いてあって。

「とても慕われた人がここで車に撥ねられて亡くなったんですかねー」

なんて話をしていたら、お酒もすごい数置いてある事に気付いたんですね。Aさんの脳裏に何となくナンバーワンホストが死んで、客だった女の人がお供えしてるようなイメージが沸いてきて、そのくらい高価なお酒が並んでたんだそうです。

「こういうお供え物のお酒に手を出したら人として終わりですよ」
「やんねーよ」

なんて言い合ってその日は別れたんだそうです。

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 それで、ここから先はAさんがそのお酒好きの最低な人、仮にSさんとしましょうか、Sさんから聞いた話になるんですが。

 実はSさん、結構な額の借金を抱えていまして、消費者金融にも手を出して自転車操業どころの状況ですらなかったんだそうです。住んでいる所の家賃こそ大家さんに何とかしてもらっていたものの、近いうちに水道すら止められそうという有様で。

 それでも酒が好きな人ですから、どうしても酒が飲みたくて、安い安いお酒で何とかごまかしてたんですけども、それでもどうしても耐えられなくなって、何度かお供え物の場所に行ったんだそうです。
 お菓子や煙草、お酒は全くの手付かずで、それどころか花も新鮮なままだったそうなんです。あれから数日経ってるから、もしかしたら定期的に花を供えなおしてるのかなあなんて思ったそうです。

 それでとうとう、ある夜中に誰も目につかないようにこっそりと、高めのお酒を一本盗んで帰っちゃったんだそうです。倫理的にも犯罪的にもアウトなんですが。
 家に帰ってボロボロの紙コップに盗んできたお酒を注いで飲んで、高いお酒ですからとても美味しかったそうです。立て続けに瓶半分ほど飲んでいい気持ちになって、敷きっぱなしのせんべい布団に横になって寝たんです。

 その夢の中で。消費者金融の人たちが取り立てに来る夢を見たそうです。

「Sさん!居るの分かってるんですよ!」

 インターホンの電源は切ってしまっているので、

コン、コンコン

というノックの音と消費者金融の取り立ての声がドアの外からしていて。夢ですからだんだん声もガラが悪くなってきて、

「おい!居るの分かってんだぞコラ!出てこいコラ!」

 声がガラ悪くなってくると、普通ドアをガチャガチャやったり、ノックの音もドンドンドン!という風に荒々しくなるじゃないですか。ところがノックの音だけはずっと最初と同じ

コン、コンコン

ってペースなんです。コン、コンコンの音のまま口調だけ荒っぽい声が聞こえてて、そこで目が覚めたんだそうです。

 せっかくいいお酒飲んで気持ちよく寝てたのに嫌な夢見たなと。

コン、コンコン

コン、コンコン

コン、コンコン

 その時、ノックの音が続いてることに気が付いたんです。中扉が閉まっていてはっきりとは良く分らなかったんですけど、玄関のドアを誰かが指の骨を使って

コン、コンコン

とノックしているようなんです。時計を見ると結構な夜中で、この時間に来る知り合いも居ないし、ましてや借金取りが深夜に来るとは思えないし。よし、無視して寝よう、と。

 中扉を叩かれたって言うんです。

 玄関のドアは鍵をかけてチェーンも付けていたんですけど、中扉の曇りガラスの窓が

コン、コンコン

と鳴るんです。思わず窓を見たんですけど誰も居ないんです。誰も居ないのに

コン、コンコン

と完全に叩かれる音がする。

 どうなってんだ?と訳が分からなくなったそうなんですけど、Sさんはまだ怖いとは思わなかったそうです。変だなと思っていると、今度は中扉とせんべい布団の中間当たりの床を

コン、コンコン

って叩く音がして。

 流石のSさんもここでうわっ怖い!ってなって。でももう目の前に何かがいるじゃないですか。もうどうしようもないから、良く分らなくなって、すいません!って土下座したそうです。
 Sさん土下座は得意な人らしくて、ノックのした方に向かってせんべい布団の上で土下座を繰り返したんです。すいません、すいません、ずっと謝ってたら、途中で音がしなくなったことに気付いて。

(何とかなったのかな…良かった、謝ればなんとかなるんだな)

 頭に半分お酒が回ってるからかそんな考えになって、布団をかぶってさあ寝ようと眼を閉じたんですが、なんか気持ち悪いな、居心地が悪いなってまた眼を開けたんです。

 枕元に誰かが正座して座っていたそうです。

 それも、これから右手でノックするんだろうな、人差し指を曲げて、これからコンコンコンって音がなるんだろうな、そんな姿勢で座ってる。

 Sさんは思わず枕元の携帯を引っ掴んでベランダに逃げ出して、ベランダからAさんに電話をかけたそうです。深夜の2時とか3時の話なので、すごい寝ぼけた声で。

「ふぁい、なんすかぁ?」
「いや、あのさ、俺さ、ちょっと今やべえことになってさ!」
「やべえことになってんすかぁ?明日じゃだめすかぁ?」
「いや、じゃ、あの、明日じゃなくて朝の6時、7時くらいに家に行ってもいいか!?」
「それなら頑張って起きるんでいいすよ」

 それでSさんベランダでずっと朝まで耐えていたそうです。部屋の中からは一切音がしなかったんですけど、朝6時40分ぐらいに部屋の中を恐る恐る覗いたら誰もいなかったんで、財布と鍵を持って急いでAさんの家に行って。

「あの後あまり寝れなかったんですけど、どうしたんですか」
「いや、申し訳ないんだけど例の事故現場のお酒を飲んでしまった」
「はぁ!?ちょっと何してるんですか!目が覚めましたよ!」
「いやごめんごめん悪かった悪かった。悪いと思ってるから謝った」
「謝ったって誰に?」
「さっき深夜にこういう事があって…」
「えー…ちょっとそれは良くないでしょ…」
「そうなんだよ良くないんだよ…どうしたらいいんだろう…」
「…盗んで飲んじゃったお酒をまた買って返すってのはどうですかね?」
「それいいな!そうしよう。しょうがないお金貸してくれ」
「はぁ?」

 Aさんからお金を借りて、ちゃんとしたお店でその酒を買ったんですけど、真昼間に返しに行くのは気が引けたんですね。酒を盗んだことがバレるんじゃないかって。

 適当に時間を潰して、夜の9時ぐらい、人通りが少なくなるくらいの時間まで待って、Aさんと一緒に行ったんです。お酒を返して、本当にすいませんでした!本当に申し訳ないです!と謝ったんですけど、Aさんから

「まだ足りないんじゃないですか?」

って言われて。

 Sさんは土下座が得意な人ですから、コンクリートに額をこすり付けるくらいの感じで土下座して申し訳ない!申し訳ない!と何度も謝り続けて、

「これでどうかな?」

ってSさん顔を上げたんです。

全然ダメじゃないすか!

 Aさんが急にそこら辺にあった瓶を掴んでSさんをぼっこぼこにしたそうです。

**********

「…という話を、病院に運ばれたSさんがなさっているんですが」

 Aさんは警察に呼ばれてそう聞かされたそうです。

「ええー?いや確かに、夜中の変な時間にSさんから電話があったのは間違いないですが、その日僕は彼女と旅行してて家に居なかったんですよ。
 それに、電話の内容が良く分らなかったからメールで
『すみません。自分は今彼女と県外に旅行に来てるんでそちらに行けません。何があったんですか?』
『じゃあいいわ。ごめんね』
 ってSさんから返事も来てるんです」
「確かに返信が届いてますね…。
彼女さんと旅館の方の確認も取れてますから、酔っぱらって幻覚でも見たんでしょうかね。でも実際誰かに殴打されたことは間違いないんですよ」

 幸いにしてSさんも重傷ではあるけども意識不明というほどではなく、落ち着いて来た頃に携帯メールのやり取りを見せると「そうだな…あれどこからおかしくなったんだろう…」って。

 全然分かんないじゃないですかこの話。
 たまたま質の悪い連中にそこで絡まれてボコボコにやられたのと記憶がごちゃごちゃになったんじゃないかって。警察の人も調べても結局良く分らなかったそうで。

 これで終わりならいいんですけど、Aさんが最後にこんなことを言うんです。

「一つだけどうしても気になってることがあって。
 Sさんが電話をしてくる少し前、Sさんの家で変なことが起き始める頃ですかね。泊まった旅館の地酒がとても美味しくて、彼女と二人でベロベロに酔っぱらったんです。
 俺は全く記憶がないんですけど、彼女が言うには、ふと夜中に起きると俺が布団に居なかったと。

(トイレにでも行ったのかな、でも明かりもついてないし音もしないな)

とトイレと布団の間に目をやると、俺がフローリングの廊下に正座して座ってたんだそうです。
 何してんの?って聞いたら右手をぎゅっと曲げて人差し指で

コン、コンコン。コン、コンコン。

って床をノックし始めたんだそうです。

『も~A君酔っぱらってるじゃん下の人に迷惑だよ』

って笑いながら声かけられた所でようやく気がつきまして。それで二人とも変に目が冴えてしまって、何となく彼女と話してる所でSさんから電話があったんです。

 もしかしたらあの時Sさんの床をノックをしたのは俺なんじゃないか、そう考えるととても怖くて、気持ち悪くて、自分からはこの話をやりたくないんです。
 Sさんももう実家に帰ってしまってあれから連絡も取ってないし、長い年月も経ってるんですけど、どうしても解せない。彼女にしてみればただの笑い話、俺からするととても怖い話なんです」

出典
禍話アンリミテッド 第一夜 54:43~

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