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うつくしきパンどろぼう

以前、パン屋を営んでいたときのほろ苦い思い出話です。

その頃、常に5人~7人のスタッフに働いてもらっていました。

歴代、きっと50人では収まらないくらいたくさんのスタッフが入っては辞めていったのですが、その中ですごく印象的だったスタッフの女の子。

当時26歳くらい。すらりと背が高く、眼鏡が似合う美人さん。
元パティシエで、仕事も早く、頭もよくて、明るく接客も好き。
何よりいつも機嫌よくはたらいてくれてとっても助かっていたのですが、
ひとつ困ったことがありました。

ん???と思った瞬間は、あったのです。

でも、いや、まさかまさか。私の見間違えでしょう。変な勘繰りはやめようと、思ったのですが、その次の日も、そのまた次の日も。堂々としすぎていて逆にわからない。でもやっぱり間違いなさそうです。

笑いを交えながら楽しく接客をして、お客さんを送り出す。
ショーケースのパンを整える。予約のパンを準備する。
そんな流れの中で、とてもとても自然にそれは行われていたのです。

パンを、自分のカバンに、ぎゅうぎゅう詰め込んでいる…!!!

他のスタッフに聞くと、「そうなんです…」と。
「告げ口してるみたいなのが嫌で言えませんでした」と。
ずっと前から、私が用事で出ていると必ずやっていたそうです。

そもそも作った数と売った数と、ちゃんと管理できていない私も悪いのです。なくなってきたら追加で作ったり、余れば移動販売したりまとめて値引きしたり、そのあたりの製造・販売管理を全くできていなかったから。

きっとはじめは小さな出来心。
それだけわたしのパンを好きでいてくれることはありがたい。
でも、でもねぇ・・

きっと怒りの感情を持ってきちんと叱り、悲しい気持ちを伝えるのが正しいのだろうと思ったのですが、それが私にはできないのです。私の性格。怒りや悲しみの感情を出すのがすごく苦手。

彼女を呼び出し、静かに話し合いました。

泣きながら謝る彼女。もう絶対にしないから、これからもここで働かせてください、と懇願されました。美しい顔からきれいな涙が落ちてゆきます。
悲しいのは私なのですが…。
私は、なんでそれをしたのかが知りたかったのだけど、結局、ぼんやりとしか知ることが出来ませんでした。
でもきっと、私がここでキレなくたって、みんなにバレた彼女の恥ずかしさは相当なものだろう。これからはきっと大丈夫だろうと、信じることにしました。

しかしそれから、彼女は変わりませんでした。

パンをぎゅうぎゅうカバンに詰め込むその姿が、なんだか哀れに思えてきてしまいます。
再び問うと、泣いて謝るのです。結局3度それを繰り返し、最後はなぜかこちらが「ごめんなさいもう無理です」と謝り倒し、辞めて頂きました。

どうしてあげればよかったのだろうかと、今でも思い出すことがあります。

今、パン学校で東洋思想を学んでいく中で、ひとつたどり着いたのは、
寂しい結論だけど、どうにもしてあげられなかったんだということ。

これまでは、熱意をもって彼女と関われない自分が悪かったのかなという気持ちがありました。上に立つ者として未熟だったから、正しいほうへ導いてあげられなかったと。
でも、結局のところは、彼女が自分で、心を整え、なにか問題があるなら自分自身できちんと向き合わなければならなかったのだろうと思います。

東洋思想では、負の感情を相手にぶつけるべきではない、それは結果自分にとって不利であるとされていて、負の感情を出すのが苦手なことはとても有利な特性なんだそうです。そういう意味では、あのときの自分の向き合い方で、間違えていなかったのかもしれません。

ただ…当時の自分にもう少し知識や視野の広さがあれば、もしかするとヒントやなにか変わるきっかけを与えてあげることは出来たかもしれない。

だから、これからもジャンルにとらわれずに勉強をしたいし、もっともっと冒険をしたいと思うのです。




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