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恋愛下手な沖縄娘が、東京で仕事に夢中になり、沖縄に新たな夢と恋人を連れて帰る話(仮)【小説の下書き その16】

下書きです。
あとで書き直します。


2012年 平成24年

1.祖父江37歳 挑戦しなかっただけ

9月

岐阜県多治見市に転勤して、2年半が過ぎていた。
僕の実家の恵那市から、1番近いのが多治見支店だった。田舎だから、近いといっても30数キロも離れている。距離の問題もあるし、実家には兄夫婦が同居しているので、僕は多治見市内にアパートを借りて暮らしていた。

僕は、アパート建築中の現場に入って行く。
建築現場には、大工さん、電気屋さん、クロス屋さん、サッシ屋さん、水回りの設備屋さんなどで、ごった返していた。

「お疲れ様です」と挨拶し、「お疲れ様です」と挨拶が返ってくる。半分以上は、もう、顔なじみなのだ。

エントランスに、現場監督の生田さんがいた。僕は、「3時ですよ、休憩しましょう。お茶とコーヒー、買ってきたんで、どうぞ」と、生田さんにコンビニの袋を手渡した。

生田さんは「ありがとうございます」と僕に言ったあと、現場全体に大きな声で言った。

「施主の祖父江さんから、お茶の差し入れいただきました~! みんな、一服しよう!」

作業が中断され、職人さんたちがゾロゾロと集まってきた。
「いただきま~す」「うっす」「お疲れ様っす」「ありがとうございます、頂きます」と、様々な挨拶やお礼がカジュアルに行なわれた。

最年長の大工さんが、僕に声をかけてきた。

「祖父江さん、会社、辞めるんだって」

「能條さん。暑い中、いつもありがとうございます。そうなんです。今月いっぱいで退職です」

「次の仕事は?」と言いながら、能條さんは床に腰を下ろした。僕も、同じように腰を下ろす。

「このアパートの掃除と、あと、喫茶店のウエイターですね」

「はぁ。そんなんで稼げんのか?」

「おふくろの喫茶店が結構繁盛してて、ウエイターを手伝ってくれたら、月5万、くれるそうです。…あとは、ここと前のアパートの家賃で、なんとか暮らしていけます」と、僕は言った。

「ほお~。若いのに、隠居みてぇだな」と、能條さんは言った。

「確かに」と、僕は言った。自分ではそんなことを思ったことがなかった。

「会社辞めて時間があるんだったらよ、なんかに挑戦すりゃええじゃないか」

「挑戦ですか?」

「おお。俺は去年、大型2輪を取った。ハーレーに乗りたかったからな」

「凄い! それは凄いなぁ」

「せっかく時間があるんだったらよ、なんかやらんと勿体ないべ」

「挑戦より、失敗しない人生の方が、僕には合ってる気がしますねぇ」

「ほう。今まで失敗しなかったってか?」

「そうですね、たぶん失敗してないですね」

「ふっ。それよぉ~。挑戦しなかっただけチャウか?」

僕は、ドキッと、何かに心臓を刺されたような衝撃を受けた。
挑戦しなかっただけ? 僕は、1度も挑戦していないだろうか?

「挑戦したら、まあ、たいていは失敗する。祖父江さんが失敗してないってことわよぉ、失敗するかもしんねぇときは、出しかけた手を、引っ込めてばっかだったんだべ」

「そうかも、しれないですね」と、僕は認めるしかなかった。手を引っ込めた。

「だべ。それだとよ、そこそこのモノは手に入ってもよぉ。とびっきりのヤツは、手に入んないよ」

僕は、とびっきりのヤツ、というセリフに、胸が痛みを感じた。

「能條さん、凄いなぁ」

「何が?」

「鋭いところを突かれたし、あと僕は、こんなことは言えないから」

「なんで言えん?」

「いや、それは、厳しいことを言ったら、嫌われたりしますから」

「嫌われる? そんなの俺は気にしねぇ。大事なのは俺の、ココだからよ」

そう言って、能條さんは自身の左胸を、右手の拳で2度叩いた。


2.佐々木44歳 殴る価値

同9月

真夏のような日差しだった。最近の9月は秋とは言えない暑さが多い。私は、次の顧問先に向かうため、九段下駅の階段を目指し歩いていた。

私のスマホに着信があった。未登録の携帯ナンバーからだった。

「はい」と、私は名乗らずに出た。

「佐々木さん、かな」と問われたので、私は、そうですと答えた。

「小松です。スナック『縁』の常連の。1度か2度、会ってるけど、分るかな」

「あ、はい。分かります」

「すまん、電話番号はママに教えてもらった。それで、教えて欲しいことがあるんだ」

「何でしょう。私が分かることなら何でもお答えしますよ」

「ひがちゃんが3年前に行った、バリ島旅行の参加者が知りたいんだ。さっき、ひがちゃんの会社に行ったんだが、個人情報保護法ウンヌンで、教えてはもらえなかった」

「小松さん、なぜ、それを知りたいんですか?」と、私は尋ねた。

「オレは、どうもひがちゃんがおかしいと思うんだ。記憶を辿ると、おかしくなったのはバリ島後なんだ」

私は、やはりと思った。
「小松さん、男、ですよね」

「ああ、男を探している」

「それなら私にも、心当たりがあります。【ゆ会】のメンバーにあたれば、おそらく特定できるはずです」

「分かったら、教えて欲しい」

「承知しました。折返し電話します」

私はそう言って通話を切り、【ゆ会】幹事の、瀬戸さんに電話を入れた。


* * *


池袋北口にある、喫茶ルノアールのドアを開けた。
私は、近づく店員に「待ち合わせなんです」と言った。店内を見回すと、小松さんが手を振ってくれた。
店員に、コーヒーを頼んで、私は小松さんの席へ向かった。

「お待たせしました」と言って、私は、小松さんの向かい側に座った。4人掛けの席だったが、店内はガラガラだった。

「いや、こんなに早いとは驚いたし、ありがたい」と、小松さんが言った。

「小松さんが探しているのは、この男性で間違いないはずです」と言って、私はメモ用紙をテーブルに置き、小松さんに差し出す。

メモ用紙には、祖父江唯信、と私の文字で書かれている。
住所と電話番号も記入してある。

「間違いない? なぜ?」

「そのバリ島旅行には【ゆ会】のメンバーの、妹さんが参加していました。妹さんはバリ島旅行後すぐ、【ゆ会】に登録してくれたのです。1時間ほど前に、私はその方と、電話で話すことができたのです」

このタイミングでウエイターが、私の頼んだコーヒーを持ってきた。
私は、コーヒーをひと口飲んで、話を再開した。

「その方は、バリ島でのことを詳しく記憶されていました。11人の参加者の中、4組8名はバリ島旅行の常連客で、全員顔見知りだったそうです。そして皆、中年のご夫婦だと……。初めての参加者は、新婚のカップルと、そのメモの祖父江さんの、3人だけだったそうです」

私はここで、数秒間の沈黙を作ったが、小松さんは言葉を発しなかった。
私は説明を続けた。

「実は、バリ島旅行中のひまりさんが、日本にいる私に電話をしてきたのです。悩みもがいた上での電話だったと思います。相談は、『お客様のことを好きになってしまい、どうしたら良いか分からない』というものでした。私は、自分で答えを出すしかない問題だと、そのように説明し、ひまりさんの決断に影響を与えないよう心掛けました。その後どうなったのか気にはなってましたが、私から聞くことは遠慮してました」

「なるほど」と、小松さんは言った。

「その住所、電話番号は、ともに3年前のものです。祖父江さんは【ゆ会】に入りかけたのですが、気が変わり、結局は参加を見送ったそうです。幹事のエクセルに、そういった記載が残っていたのです」

「個人情報だが、このメモは貰っていいのか」

「結構ですよ。小松さんを信用していますから」

「ありがとう」

「私も、小松さんに教えて欲しいことがあるんです」

小松さんは、なんだ?という顔をした。

「小松さんは、ひまりさん、…あ、ひがちゃんの、なにがどう、オカシイと思ったんですか」

「明るさに演技がある、仕事を入れ過ぎている、仕事を楽しんでいる感じが減った。他にも、些末なことはまだある」と、小松さんは言った。

「些末なことも、ぜひ知りたいです」と、私は言った。

「分かった。他には、ため息をつくことがある、マクドナルドを食べない、沖縄に帰りたいと言う、『島人ぬ宝』を聞くと涙をこぼす、などがある」と、小松さんは一気に言った

「それらは、以前はなかったことなのですね」と、私は確認した。

「そうだ」と小松さんは言った。

「もう1つだけ聞かせて下さい。ひがちゃんがそのように変わってしまった原因や、あるいは原因のようなものが、その祖父江さんにあったとして、その場合小松さんは、どうするつもりなのですか?」

小松さんは、実にアッサリとこう言った。

「こいつは、1発殴らないと気が済まない」と。

そして「殴る価値があるヤツならば、だけどな」と、付け加えた。

私より年上で痩せた小松さんだが、高校生のときボクシングの県大会で優勝しているのだったことを、私は思い出した。


3.ひまり32歳 変わらなくても、変わっても

10月

2度目の入院だった。原因も、前回と同じ過労だった。
私は、今度は最初から個室を選択した。

お見舞いに、【ゆ会】のメンバーと、スナック『縁』の常連さんが来てくれた。

小松さんが、「だから、言ったじゃないか」と眉をしかめて言った。それをママがたしなめた。大城さんも一緒だから、どうしたって会話は賑やかになる。大城さんの、高校時代の盲腸の手術の思い出話は、剃毛のところで大爆笑になった。

スナック『縁』の常連さんと入れ違うように、【ゆ会】幹事の瀬戸さんとむっちゃんが来てくれた。

「瀬戸さん、むっちゃん、ありがとう」と私は言った。そして、「瀬戸さん、メンバーさんには内緒で、お願いします」と伝えた。

「大丈夫ですよ。隊長のお願いですから、ちゃんと守りますから」と瀬戸さんが言った。
「でも、みんな隊長に会いたいんです」と、むっちゃんが言った。

「オフ会に、全然参加できなくて、ほんと申し訳なくってぇ~」と、私は日頃の不義理を詫びた。
飲み会やお茶会が、チョクチョク行なわれているのに、私は、年に1度くらいしか参加していないのだ。

それでも、なぜか【ゆ会】のメンバー数は減らなかった。
新規の参加者は、グッと減らした。私は、【ゆ会】の存在をアナウンスすることをやめたのだ。それでも、ツアー参加者の中にメンバーさんがいると、そのメンバーさんが【ゆ会】のことを語り、新規参加者となった。

にもかかわらず、メンバー数が横ばいということは、退会者もポロポロといるわけで、私はそれを当然だと思っていた。

このところの私は、日本の滞在日数が3日というスケジュールだった。飛行機内やホテルでの宿泊が日常なのだ。
私が参加することのない、飲み会やお茶会。可能なら参加したいが異国や空の上ではどうにもならない。私は、申し訳なさで胸が痛んだ。

解散も考えたが、とても言い出せなかった。

瀬戸さん夫妻が帰るタイミングで、佐々木さんが見えた。
佐々木さんには、私が電話をしたのだ。困ったときだけ電話して、私は佐々木さんにも申し訳なさを感じた。

* * *

私は、佐々木さんを屋上へ誘った。
個室では、真面目な話ができそうになかったから。

「ひまりさんは、そろそろ沖縄に戻り、親友の仲間恵さんと観光ビジネスを始めたいんだね。しかし、【ゆ会】のメンバーのことを思うと、とても言い出せない」と、佐々木さんが言った。

「そうなの。かといって、いつまでも帰らないワケにはいかなくて。メーグーとの約束は破れないの」

「目的の手段化だと思う」と佐々木さんは言った。

「佐々木さん、もっと簡単に言って。今のじゃ分からないさ~」

「陸上選手が次の大会で自己ベストを出したいと思っている。これが目的だ」

「うん、それなら分かる」

「そのために最高のスパイクシューズを購入するため、スポーツ用品店に行く」

「分かる。それは手段でしょ」

「その通り。そして候補のスパイクシューズを、アディダス、ナイキ、アシックスと3つのメーカーに絞った。さらに、各メーカの開発者にアポを取り、より詳しいデータや情報を求め訪ねた。それを3社共に行なうつもりになっている。自分にとってのベストなスパイクシューズを見つけるために、膨大な時間を投下する。これが目的の手段化だ」

「そうか、スパイクシューズを選ぶことが目的に変わっちゃったんだ」

「そうそう。その通り。大会で自己ベストを更新するためには、シューズ選びも大切だが、トレーニングや練習の方が圧倒的に重要だよね。
 この話をひまりさんに置き換えると、まず、目的を明確にする必要があるね」

「私の目的は、メーグーとのビジネスだった。それを成功させるために、東京で修業をした」

「目的は変わっても構わないんだ。むしろ変わる方が自然だよ」

「ううん。変わってはいないわ」

「ならば、ツアーコンダクターも手段だ。そして、ひまりさんのファンが作った【ゆ会】も、手段だね。もしくはツール、道具かな。あの優しい人たちを『道具』というのは気が引けるけど、少なくともひまりさんの目的ではなさそうだ」

私は、良い言葉が出なかった。

「僕は、【ゆ会】を目的に変更するのも悪くないと思う。あの方々は、ひまりさんの大切な財産だと思うから」

私は、私が決断しなければならないことなのだと思った。

「佐々木さん。田辺さんのお墓参りに、私も行きたい。退院したら連れてって欲しいの」

佐々木さんは「もちろん、喜んで案内するよ」と言ってくれた。

「佐々木さんは、私にメッチャ優しい。お兄さんみたいさ~」と私は言った。

* * *

4日後だった。
その日は、小春日和だった。

私は、佐々木さんと日暮里駅で落ち合った。

「田辺さんとは羽田空港で別れたのに、なぜ佐々木さんは、お墓とか知っているんですか」と、私は、歩きながら聞いてみた。

「ひまりさんと離れてタクシー乗り場に向かったら、また田辺さんに会ったんだ。田辺さんは奥さんと一緒でね。奥さんと挨拶をして名刺を渡した。田辺さんが亡くなって、奥さんは僕に、電話をくれたんだ。田辺さんは宮古島でのことを、奥さんに何度も語ったらしくてね」

「そういうことが」と私が言うと、佐々木さんは慌ててこう言った。

「その電話を貰ったとき、ひまりさんは空の上だったんだよ。葬儀の日に戻ることのない日程だと、会社の人に言われてね」

そんな会話をしていたら、霊園に着いていた。霊園は駅から近かった。

私たちは、お墓を掃除して、磨き、花を挿した。ロウソクに火を灯し、お線香に火をつけた。

私は手を合わせて、心の中で田辺さんに話しかけた。
田辺さんのおかげで、私の生き方が変わったこと。
充実したこと。仕事が楽しいこと。
恋は実らなかったこと。沖縄に帰ろうと思っていること。

長々と、ご報告をさせていただいた。
3ヶ月の命だとしたなら、私の出す答えは決まっていた。

帰り道、佐々木さんが「喫茶店で話そう」と言った。
駅やその近くに、喫茶店はいくつかあるという。

2人ともコーヒーを注文した。
酸味の少ない、私好みの味だった。

「佐々木さん、今、余命3ヶ月ならどうしますか?」

「僕は決まっている。妻と過ごす。僕のやりたいことと、妻の希望と、交互に行なう。もちろん、仕事はすべてキャンセルする」

「即答ですね」

「毎月、月末に、余命3ヶ月のシミュレーションを行なっているんだ」と、佐々木さんは誇らしげに言った。そして「ひまりさんは?」と聞いた。

「私も同じ。私には旦那様はいないけど、オカアとメーグーがいるから。その2人と会いまくる。お喋りをいっぱいする。動けるなら旅行する」

「じゃあ、この前の悩みも解決したのかな」

「うん。私、来年、沖縄に帰る。メーグーと会社を作るわ。これ以上待たせたら、メーグーも私もオバアになっちゃうしね」

「OK。電話やメールで、どんどんアドバイスするよ」

「いつもありがとうね~、佐々木さん」

「1つ、気になっていることを質問してイイかな? 答えるのが嫌だったらノーコメントで構わないんだけど」

「イイですよ、何なりとどうぞ」

「バリ島での恋は、どうなったの?」

「あきさみよ~。仕事の質問と違ったかぁ~。予想していなかった~。でもイイか、佐々木さんだからね」

私は、すべてを語った。
恋愛を飛ばしてプロポーズしてくれることに賭けたこと。
保険として、抱きしめてくれたなら、掟を捨てると思っていたこと。
抱きしめてくれなかったので、ホテルのロビーに着くまでとか、成田空港に着くまでとか、期限を延長しまくったこと。
抱きしめてくれなくても、もう一度「好きだ」と言ってくれるだけでイイと、条件を緩和したこと。

そして、その全てが叶わなかったこと。
それなのに、会社に電話があるのではないかと、ず~っと、気にしていたこと。

失恋のみっともなさを、私の惨めさを、私の未練がましさを、すべて赤裸々に語った。

佐々木さんは、「ひまりさんなら、素敵な出会いは、まだまだあります」と慰めてくれた。

「私、まだ条件の緩和を、継続中なんです。つまり、祖父江さんに片想い中なんですよね。だから今、素敵な出会いを期待しちゃうのって、それって、二股になっちゃうんですよ」と、私は言った。

「えっ?」と佐々木さんは言って、少し考えて「じゃあ」と言った。

私は、佐々木さんの言葉を遮って、「生涯独身でイイんです。もしこの気持ちが変わったら、それは変わってもイイんですけどね。なんなら歓迎というか。……でも何か、ぜんぜん変りそうがないんですよねぇ~」と、正直な気持ちを語った。

私の気持ちが変わらなくても、私は私を大事にしよう。
私の気持ちが変わっても、私は私を大切にしよう。

そう思うと、気持ちが少しだけ軽くなった。





その17へ つづく


※この記事は、エッセイ『妻に捧げる3650話』の第1548話です
※僕は、妻のゆかりちゃんが大好きです


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奈星 丞持(なせ じょーじ)|文筆家
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