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恋愛下手な沖縄娘が、東京で仕事に夢中になり、沖縄に新たな夢と恋人を連れて帰る話(仮)【小説の下書き その2】

下書きです。
あとで書き直します。


3.ひまり どんどん惹かれてしまう

ワーゲンバスは左ハンドルだった。運転はシワクチャ顔の老人が担当するらしい。青年は、ひまりたちの荷物を最後部に積んでくれた。
後部座席に乗り込むためのドアは観音開きで、ひまりはイチイチ反応する。
「かわいい!」の連発だった。

後部座席は、2列目が2人掛けのベンチシートで、3列目は3人掛けのベンチシート。ひまりは、自然に2列目の席に座った。
佐々木と田辺は、3列目に離れて座る。それぞれが窓側に陣取ったということだ。

青年は、助手席から身体を180度近くひねり、笑顔で語り出した。

「みなさん、今回は僕たちの宿、『民宿島袋』を選んでくださって、ありがとうございま~す。僕は、エイショーと言います。よろしくお願いしま~す」

「よろしくね~、エイショーくん」と、ひまりは応えた。

「ひまりさん、ありがとうございます~。
 ええ~っと、まずは、運転しているのが僕のオジイです。
 宮古島では『オジイ』って、愛を込めて呼ぶ言い方ですので、みなさんも『オジイ』と呼んでくださ~い」

「はーい!」と、また、ひまりは言った。

このリアクションは、半分は自然に行なっている。
しかし、もう半分は、ひまりの計算でもあるのだ。
ひまりは、場が暗くなるのが何よりも嫌いだった。このメンバーと分かったなら、盛り上げ役は自分しかいないと、内心、使命感に燃えているのだ。

エイショーは明らかに、そのリアクションをありがたがっている。佐々木も田辺も、言葉には出さないが、口元には笑顔が浮かんでいた。

「さて、皆さん! 民宿までのこの車の中で、自己紹介を済ましちゃいましょう~!」とエイショーが提案した。
「イエ~イ! イイぞ~、エイショーく~ん!」

「ひと回り目は、名前と年齢だけにしてくださいね~。
 それ以外の話題は、ふた回り目の自己紹介用にとって置いてくださ~い。
 まず、僕は、島袋エイショーです。高校を卒業したばかりで18歳です。
 オジイは75歳で、民宿には、オジイにメッチャ愛されているオバアがいます。
 オバアも、たぶんオジイと同じくらいの歳です。
 じゃあ次は、ひまりさん、どうぞ~」

「どうぞって、私から~? 聞いてないさー。
 ったく~。……ええっと、私、ひまりです。小宮山ひまりです。
 年齢は、レディーに聞いちゃダメなんですよ~~~!
 エイショーくんより、チョピっとだけお姉さんで~す。
 よろしくお願いしま~す」

「では、次は私が……。
 私は、田辺憲一朗です。生粋の江戸っ子で、歳は55です。
 あ、江戸っ子って言っちゃった、ごめんなさい」
「え~! あきさみよ〜!
 ゴメンね、田辺さん。私、もっと年上って思ってたさ~」

「ひまりさん、私は年齢を気にする”レディー”ではないので、なんの問題もありませんよ~。
 それに、この痩せた身体とシワの多い顔ですから。よく年齢より上に見られます。慣れっこですから、お気遣いは無用です」
「わは~! 田辺さん紳士~~~い! やさし~い!」

「ええっと、最後は私ですね。佐々木です。佐々木龍彦と申します。35歳です」

簡単な自己紹介が、ひと回りした。
エイショーが、ふた周り目を即すのかなというタイミングで、ひまりは叫んでいた。

「海だ~~~!!!」

叫ばずにはいられなかった。
みんなが海を見た。

これが宮古島ブルーか、とひまりは思った。嘉手納の海と、確かに少し色が違う。
宮古島の海の色は、空のパステルブルーと、ほぼ同じブルーだった。
空は抜けるような青で、濃く、どこまでも青で、海は、その空を映しているのだろうかと、ひまりは呆けながらも思っていた。

「ああ~~~、最高~~~!
 沖縄に帰ってきたんだ……。
 みなさ~~~ん!  海で~~~す!」

ひまりは涙目になっていた。
田辺は号泣していた。涙をガマンするとか、ぬぐうとか、そういう事を忘れているみたいだった。
佐々木も、声を発することなく海を見ている。サングラスを外して、真剣な眼差しになっている。

自己紹介は、ふた回り目には入らず、ごく自然に雑談が始まった。
エイショーとひまりがしゃべりまくって、ほかの3人は、それに相槌を打つ。
ときおり佐々木は、エイショーに質問をした。
その結果、ひまりも気になっていた部屋割りが分かった。ちゃんと各自に個室が用意されているという。

オジイは相変わらず何も喋らないが、うっすらと笑顔を続けている。
ひまりは、オジイの真顔は笑顔なのだと思った。素敵なオジイだ。

やがて、ワーゲンバスは舗装された道を曲がり、畑の中へと入ってゆく。
そして停車した。宿に着いたのだ。

 * * *

昼飯は、オバアの宮古蕎麦だった。
食事は基本、庭で食べるのだとエイショーが説明した。宮古島に来て家の中にいたのでは勿体ない、というのだった。

ただ、日差しは危険なレベルだ。

鯉のぼり用のような柱が4本あり、大きなシェードが渡してある。
庭の隅には、大きなパラソルもあった。

シェードの下は快適だった。
そこに屋外用のテーブルがあり、オジイとオバアが仲良く宮古蕎麦を運んでくる。
オバアは、ひまりと同じくらいの背丈だった。70歳と聞いたが55歳の田辺より、ひまりには若く見えた。髪は、ほぼ白髪なのだが、それは逆にオシャレにさえ見えた。

「オバアの蕎麦は、美味しいですよ~」とエイショーが言う。心底、そう思っているというのが、その笑顔から伝わってきた。

沖縄そばと違って、具が麺の下に隠れていた。
ひまりは、スープを確かめてから、勢いよく麺をすする。

「まーさん!」と、ひまりは叫んだ。

麺は平麺。しかし、ひまりには懐かしい味だった。

食事を終えて、宮古島サイダーとカップアイスを食べ終えると、「さっそく、農業体験に行きましょう~!」とエイショーが言った。

「やったー! これ、楽しみだったのさー!」と、ひまりが応えた。

「〇$▼ー※¥◎~◇」と、オジイが発言した。

オジイの言葉は、小さくて聞き取れない。それに加えて、かなり年季の入った宮古島の方言で、ひまりも聞き取れなかった。

エイショーは、オジイの発言に驚き、そして、何か抵抗を示している。
やがて、しぶしぶ納得したという感じになり、こちらに向き直った。

「え~、実はおととい、台風が宮古島の近くを通過しまして、うちの畑のビニールハウスが、ホンの少し倒されちゃいました」

「あきさみよ〜! じゃあ、農業体験はできないの~?」

「大丈夫です。こういうのはショッチュウーですから。そういうわけで、リアル農業体験です。これから皆さんで、ビニールハウスを立て直しましょー!」

「わ~っ! メッチャ面白そう!」

「ええっと、真面目な提案、なんですよね?」と、佐々木が発言した。

ひまりは、佐々木に既視感を覚えた。会ったことなど無いはずなのに、どこかで会った気がする。
佐々木は、俳優のように整った顔をしていて、中肉中背だが肩幅はとても広い。身長は、エイショーとオジイの間くらいだ。

その佐々木の言葉にエイショーが、「はい! 本気の本気です! これぞ、本物の農業体験! 滅多にできる体験じゃありません」と笑顔で答えた。

「うむ~。確かに『リアル農業体験』だけどね。でも、都合よくタダ働きさせられているようにも、感じなくもないなぁ」

「そーなんですよ~。さっき僕、オジイに同じことを言ったんです。それじゃあタダ働きさせるのと同じじゃないかって。でもオジイは、『バーベキューだって自分で肉を焼くだろ』とか『陶芸体験も自分で茶碗とか作るだろ?』とか、そんなふうに言うんですよ~」

「私は体験させていただきます。ビニールハウスの修繕なんて、なかなか出来ないですからね。正に、貴重な体験です」と田辺が言った。

佐々木は「なるほど~。確かに体験の価値は、リアルにこそありますね」と、納得した表情に変わった。

ひまりは、「私も直してみたーい!」と無邪気に本音を語る。

「分かりました! 超リアル農業体験を全力で楽しみましょう!」と、佐々木は腰を上げた。

「やったー! エイショーくん、全員参加で~す!」

「では、レッツゴーですね~。みなさん、僕に着いて来てくださ~い」

「ちょっと、これを被って行きなさい」と、オバアが言った。
人数分の、濡れタオルと麦わら帽子だ。

濡れタオルを頭に乗せてウナジの方にたらす。それが落ちないように麦わら帽子を被るのだ。

「日差しがスゴイからさー」とオバアは言った。
「私はタオルだけお借りします」と、ひまりは笑顔で言った。
「ああ、ひまりちゃんは自分の麦わら帽子があるのね~」と、オバアはニコニコしている。

「今度こそ、レッツゴーで~す!」とエイショーが言う。
「レッツゴー!」と、ひまりも応えた。

100メートルも歩かないうちに、「ここで~す!」とエイショーが言う。
ビニールハウスが2棟あり、どちらも微妙に傾いている。

オジイが、指示をエイショーに出す。
エイショーが、それを、みんなに伝える。

骨組みを確認し、少し曲がった程度のモノは、エイショーや佐々木が腕力で直した。
折れた骨が1本あって、それは皆で交換した。

作業は、エイショーと佐々木が行なう。
ひまりと田辺は、そのサポートだった。支えることが仕事だ。

ビニールハウスの骨の傾きを正して、田辺とひまりはそれを支える。
反対側の骨を地面から一度抜いて、改めて地面に指し直す。この作業はエイショーと佐々木が担った。

回を重ねると、要領が良くなっていった。

エイショーと佐々木が、ビニールハウスの反対側で何かを話している。
ひまりは、さっきからエイショーばかりを見ていた。
Tシャツを撒くった腕は、意外にも逞しかった。汗をかいた褐色の肌に、筋肉の動きが加わる。目が離せなくなり、ノドが乾いた。鼓動が速くなる。

5歳も年下の男の子に、こんなにも心を奪われるとは思わなかった。

背が高く手足が長いから、信じられないほど高い位置まで手が届く。
そんな些細なことに、イチイチ心臓がギュッと反応するのだ。鬱陶しいほどに敏感な心臓だ。

1棟目が終わったところで休憩が入る。

佐々木は汗だくになりながらも、笑顔を浮かべている。
田辺も笑顔だったが、少し辛そうに見えた。

エイショーがそれに気づいて、休憩にしたのかもしれなかった。
ひまりは、そんな想像の中の優しさにさえ胸を締めつけられた。

パラソルの下で充分に休憩を取り、もう1棟に取り掛かった。
1棟目で要領を得たことと、こちらは傾きが小さかったこともあり、作業はドンドン進んだ。

エイショーが大声で叫んだ。
「みなさ~ん! 終わりました~! ありがとうございました!
 オジィが、『水飲んで~』って言ってます~!」

庭に戻るまえに、今一度、パラソルで休憩となった。
プールサイドによくある、プラスチック製のイスもある。

イスに腰掛けた田辺が、「日影ってありがたいですね~」と言った。

「ホントー! 同じことを思ったさー」と、ひまりも同意する。
直射日光の真下での作業は、たった5分でも、かなり辛いと思った。

「佐々木さん、ありがとう」と田辺は、佐々木に身体を向けて言った。
「確かに! 佐々木さんが、力仕事をいっぱいしてくれて、メッチャ助かったね~」と、ひまりも続いた。

エイショーが、「佐々木さんがいなかったなら、まだ、半分も終わってないかも」と付け足した。

オジイが、佐々木に、ヤカンを手渡した。左手の親指を突き出しGood!のポーズを加えている。無言だが、ひまりには「グッジョブ!」と聞こえた気がする。

佐々木は、少し照れながらもヤカンを受け取り、自分の紙コップに注ぎ、それを飲んだ。

「ブ~~~ッ! ペッ、ペッ!
 なにこれ~~~ッ⁉ 
 コレ、水じゃないですよ~~~!」

同じヤカンの水を、ひまりが恐る恐る飲んでみる。

「オジイ~! これ、泡盛でしょー! なに飲ましてんのよ~!」

エイショーが、
「ごめんなさい! みなさんの水は、こっちのヤカンでした!
 そっちはオジイの水です。
 たぶんオジイは、佐々木さんに特別サービスをしたつもりなんですよ~」と解説した。

みんな、キョトンとしている。

エイショーは続けて言った。
「オジィは、普段の農作業中も、泡盛の水割りを飲みます。薄いので、『これは水だ』と言い張ります。コレ、かなり高級な泡盛なんですよ~」

田辺が、「佐々木さんの働きが良かったから、水では申し訳ない、みたいな?」と聞く。

エイショーは「はい、たぶん。特別なサービスをしてあげたつもりだと思います」と言った。
オジイが、そうだと言わんばかりに、両手でGood!のポーズをした。

田辺とひまりは、腹を抱えて笑った。
佐々木も笑っていた。

共同作業をした後は、きっと、些細なことでも面白く感じてしまうのだ。

* * *

翌日。
その日も空は快晴だった。

ひまりたちは、午前中を使って島内観光を行なった。
移動は、もちろんワーゲンバス。

有名な観光地を回ってくれた。みんな満足しているように見える。
もちろん、ひまりは大満足だった。

どこまでも広がる白い砂浜は、歩くだけでロマンティックな気分になったし、解放感も堪能できた。
360度、全方向オーシャンビューの展望台。そこからの景色は、地球の丸さを見てとれた。

神秘的な通り池。真っ青な空。青い海。
どれだけ見ても厭きなかった。

海の青は、いろいろな青があった。
ときどき見かける真っ赤なハイビスカス。濃い緑色の島バナナ。

ひまりの目に映る景色は、沖縄だった。宮古島だが、でも沖縄を感じた。
自分が沖縄に飢えていたのだと、改めて思った。沖縄の海や空や風や空気に、ひまりは飢えていたのだ。

だからこそひまりは、全力でハシャギ、全力で楽しんだ。アスファルトで敷き詰められた東京にはない、南国の海や空や大地にしかない、そんなエネルギーを吸収するかのように、全身で宮古島を味わった。

佐々木さんも笑顔だ。
田辺さんも微笑んでいる。
エイショーくんは爽やかだ。ときに凛々しくカッコイイ。
オジイはいつもの笑顔だ。皺くちゃな笑顔。
ひまりは、これって幸せだな、と思う。

ひまりは、エイショーとよく目が合った。
当初は、(私、エイショーくんが好きになりそう)と思っていた。もちろん告白なんてあり得ない。フラれて傷つくのは嫌だった。18歳の若者が、23歳の女性を好きになるハズはない。

なのに、あまりにも目が合うので、エイショーくんも私のこと好きなのかもと、思ってしまう。そう思いたくなる自分がいるのだ。

心の中で、(ちむどんどんしてきて困るさー)と焦っていた。


「午後からは、漁業体験で~~~す!」
「イエ~~~イ!」

エイショーの掛け声に、ひまりが合の手を入れることは、もう、定番になっていた。
ひまりは無意識で合いの手を入れているし、そのタイミングもどんどん良くなっている。
なんとなく、そろそろかな、と分かるのだった。

佐々木が、少し難しい顔をしていた。
ひまりは、少し茶目っ気のある言い方をしてみる。

「あれれれ~。佐々木さん表情が曇ってますが、もしかして泳げないとかですか~?」
「いや……。僕は水泳部だったから、イルカに負けないくらいに泳げる自信があるよ」

「じゃあ、なんで?」
「今、『モッタイナイなぁ』って、そう思っていたんだ」

「モッタイナイ?」
「ああ、ガールフレンドが、このツアーを当日キャンセルしたんだよね。朝、母親が倒れたってさ」

「ええ? お母さん、大丈夫なのかな」と、ひまりは心配を口にした。
「うん。大したことはなかったって、さっき電話があった」

「それは良かった~」
「小宮山さんは、他人のことなのに本気で心配するんだね」

「え? 普通でしょ? だって心配になるさー。あ、分かった。恋人のお母さんが大丈夫って分かったから、だったらココに一緒にいられたのになぁ、みたいな?」
「そう。そう思っちゃった。今、スゴク楽しいからね」

「確かに。ここで恋人と一緒だったならって、そりゃあ妄想しちゃいますね」
「いや、本来なら僕は、小宮山さんのように彼女のお母さんを心配するべきなんだよ。僕は、まだまだ自分勝手なんだな。こういう所を、直さなきゃな」

「自分勝手じゃないさー。宮古島の海が美しすぎるのよ。こんな素敵な景色、愛する人に見せたいって、普通に思うもん」
「ありがとう。そう言ってもらえて、少し気が軽くなったよ」

佐々木は、俳優のようなキレイな笑顔でそう言った。
そこにエイショーが近づいてきた。

「ところでエイショーくん。泳ぐときは水着に着替えるの?」と、ひまりは気になっていたことを質問した。
「ああ、それは皆さんの自由です。宮古島の僕らは、このまま海に入ります。皆さんも日焼けには気をつけてください。本土の人は上半身裸になりたがりますけど、ここの日差しは危険ですから」

ひまりも、うちなんちゅーだから、海に入るとき水着にはならない。
しかし、今日のひまりは、ちょっとオシャレなシャツを着ているし、それに買ったばかりの水着を披露したい気持ちも少しあるのだった。

そんな、ひまりの乙女心には気づくことなく、エイショーは大きな声を上げた。

「みなさ~ん! 僕の友達で~す! 紹介しま~す! ほら、挨拶して」

「リューセーです!」
「カイトで~す!」

「追い込み漁をしますので、助っ人を頼みました~!」
「あきさみよ〜! 漁業体験って、追い込み漁をやるの~!」

「そうなのです。ひまりさんは追い込み漁、やったことありますか~?」
「ないないない。で、水着に着替えるの?」

「ん? 僕たちはこのまま……。あ、着替えるところですね」と、やっとエイショーはひまりの聞きたい真相をキャッチした。

「ワーゲンバスの中で着替えができます。窓は中からカーテンで目隠しできます」

結局、ひまりは着替えることなく海へ入った。オシャレなシャツだけはワーゲンバスに置き、かわりに薄いパーカーを着た。白いラッシュガードだ。
本当は、水着の上にこれを羽織る予定だったのだが、Tシャツの上でも致し方ない。

田辺が、「私は、郷に入りては郷に従います」と言って、みんな私服のままで海に入ることとなったのだ。


追い込み漁の網は、ひまりの想像以上に長かった。
まずは、みんなで網を、大きく広げる。
充分に大きく広がってから、徐々に範囲を狭せばめていくだ。

範囲が広い時には感じなかったが、狭くなってくると、徐々に大漁だと分かってきた。
エイショーたち若者3人とオジイは、機敏に泳ぎ、機敏に潜った。
佐々木の泳ぎも達者だった。元水泳部は伊達じゃない。

ひまりはハシャギながらも、田辺さんとそれぞれ、網の端を持っている。ただ、それだけにすぎないのだが、そうと分かっていても興奮は凄かった。

圧倒的な『漁』という実感があった。
魚たちが網の中で暴れまくる。中にはかなりデカイ魚もいた。

私の漁。私達の漁。
いや。
私達の大漁だった。

「スゲー! 大漁だ~!」
「こんなに獲れるの~⁈ すご~い!」
「ホント、凄いですね~!」
「今日は、特に大漁です~!」

みんなが興奮していた。

18、19歳の若者たちは、海の中でみんなカッコ良かった。
ひまりの目には、エイショーの裸体が焼きついてしまった。目を閉じれば、何度でも再生できそうだ。

カイトが「獲ったどー!」と絶叫し、笑いもとった
リューセイは、そのカイトにツッコミを入れていた。
エイショーの笑顔は、この上なく爽やかだと、ひまりは思った。
「爽やか」という言葉は、エイショーのためにあるのではないかと、ひまりは思うのだった。


* * *

魚は、庭で、焼いて食べるという。
オジイとオバアが、手際よくウロコを落とし塩を振った。

リューセイとカイトが、バーベキューの道具を準備し、エイショーは炭を持ってきた。

オジイが指示を出し、リューセイら若者3人が動く。
単なる魚の塩焼きが、こんなにも美味しいとは、これには沖縄出身のひまりも驚いた。

「まーさん!」が連発する。

「焼き加減と塩加減が、絶妙なんだなぁ」と佐々木が言った。
「炭火焼の旨さですね」と、田辺も言う。

魚を充分に味わったタイミングで、野菜やソーセージが追加された。
これが、今夜の晩ごはんだった。

飲み物は、最初ビールだった者も、今は、泡盛のシークワーサー&炭酸割に変わっている。
宮古島の食べ物には宮古島の酒が合うのだった。

未成年なのに、リューセイとカイトも酒を飲みたがり、エイショーだけ飲まずに送る、という条件で、オバアのOKが出たらしい。

みんな、どんどん陽気になってゆく。

デザートのマンゴーの美味しさに、佐々木と田辺が唸った。
目を丸くし、目を2倍に開いていた。

ひまりにとっても想像以上の美味しさで、「でーじ、まーさん!」と心の声が洩れた。


オジイが三線を持ってきた。
若者3人が歌い踊った。

エイショーがウクレレを持ってきて加わった。
島唄や、涙そうそう、島人ぬ宝、恋しくて、佐々木や田辺も知る歌を歌う。

オジイやオバアが踊った。


* * *

カイトとリューセイが、帰る時間になった。

「わずかですが」と、田辺は、若者3人にポチ袋を手渡した。「チップです」と言った。
「じゃあ、僕からも」と、佐々木も財布から冊を抜いて、チップを手渡した。

ひまりが声を出す前に、「こういう行為はオジサン限定なのです。若者が行なうのは、法律違反なんですよ」と、田辺に制された。

若者は、誰一人遠慮することなく、素直に、喜びを言葉や身体で表現した。
ただ、リューセーやカイトと違って、エイショーには誇らしさもある、とひまりは思った。

きっと全力で働いているからだ。
全力で働くって、楽しいことなのだ。自分の過去を思い出しても間違いない。

全力で働く。
全力で、もてなす。おもてなしをする。
たぶん、最高に楽しいことなのだ。

何かが分かりかけていると、ひまりは感じていた。


4.佐々木 田辺の告白

バーベキューセットは、脇にどかされた。
かわりに丸いテーブルが置かれ、ローソクに火が灯される。

お開きにするには、まだ少し早い。
明日の午前中で終わるこのツアーを、ここにいる全員が惜しんでいると佐々木は思った。

オジイは、いつものシワシワの笑顔で、泡盛をロックで飲んでいる。実に美味しそうに飲んでいる。

田辺は、宮古島サイダーに変えていた。
佐々木とひまりは、まだ泡盛のシークワーサー&炭酸割りを飲んでいる。

聞いてみたら、ひまりは酒がかなり強いらしい。

「自己紹介の、二回り目をしましょうか」と、エイショーが言った。
エイショーは、当然のようにひまりにアイコンタクトを飛ばす。

「え~、私から? ま、イイかぁ~。
 でも、何を話そうかなあ~」

「私は、ひまりさんの夢や目標が聞きたいですね~」と田辺が言った。

「夢~⁈ ジェントルマンの田辺さんのお願いなら、語っちゃうね。
 私は東京で、ビジネスの経験を積んでから、地元の嘉手納に戻るの。そして、親友のメーグーから『一緒に仕事をしよう』って言われてるから、たぶん、そうすると思う」

「一緒に仕事をするって、会社を作る、起業するって意味かい?」と佐々木は聞いた。

「そう。メーグーは観光客をターゲットにビジネスしたいんだって。だから勉強をもの凄く頑張って、県の観光課の職員になったんだよ~。頭いいし、努力家なのね。
 でも私は今、東京の居酒屋でバイトをしてるだけなのさー。どんどん置いてかれてさ。
私って、メーグーみたいに才能とかないからさ、もう、どうしたらいいか分かんなくてさー」

男3人は目を合わせあった。
3人が3人とも笑い出した。

「なんで笑うの~。ヒドイさー」

「本気で言っているのですか、ひまりさん?」と、田辺が言った。

「本気って、本当のことしか言ってないけど」
「あのね、小宮山さん」と、佐々木は真面目な声音で言った。

「僕たち3人が笑ったのはね。素晴らしい才能に溢れている君が、よりによって『私は才能が無い』って、そんなことを言ったからなんだよ」

「え? どういうこと?」

「君は、いくつもの輝く才能をお持ちです」と田辺が言う。

「例えば、小宮山さんは、明るい」
「気配りが素晴らしい」と田辺か言う。
「かわいい」とエイショーが言った。

「みんなお世辞バッカリやさー」とひまりは言う。

「小宮山さん、お世辞じゃないんですよ。あなたの明るさや元気、バイタリティーは、相当なものです。気配りも可愛らしさも。それは、周りの一般人がうらやむほどで、そして90%の人には手に入らない宝物なのです」と、佐々木は、努めて冷静に話した。

「そんな才能に溢れているあなた、ひまりさんが『才能が無い』だなんて。ね、笑っちゃうしかなかったですよね」

「もう、みんなお酒に酔って、お世辞バッカさー」

「僕、シラフなんで。ひと言、イイですか?」とエイショーが割り込んだ。
さっきから何か言いたげで、そのうち振ろうと佐々木は思っていたから、ちょうど良かった。

ひまりは、しおらしい態度でコクンと頷く。

「僕は、ひまりさんは、ひたすらなだなって思って、スゴク、す、す、素敵だなって見てました」と、エイショーは言った。
顔が真っ赤になっている。

「ひまりさんの【ひたすら】は、明るくってイイですよね」と田辺が付け加えた。

黙って話を聞いていたオジイが、両手でGood!を作って、ひまりに差し出した。
シワクチャの笑顔で、このポーズをやられると、すごく愛嬌があって、みんな、笑ってしまう。

佐々木は、「自己紹介の、ふた回り目だったね。僕も、みんなに聞いてほしいことがあるんです」と切り出した。

「僕は、昨年の年末までは、アルバイトをしていたのです。個人事業主で、営業コンサルタントの開業届は出しているものの、それだけでは食っていけず、深夜、警備のアルバイトをしていました。
 やっと大きな顧問契約が取れて、今年、アルバイトを辞めることができたのです。すると僕は、すぐに油断して、スナックで働く女性を口説き、この宮古島に誘いました。彼女は、出発前にお母さんが倒れて、参加できなかったのです。
 ああ、前置きが長すぎますね。端折ります。
 僕は、必ず彼女を、宮古島に連れてきます。この島の魅力は、語って語り尽くせるものではありませんからね。
 その旅行代金が贅沢とはならないように、僕は年商1億円を目指し達成します。
 なんか、宣言したくなっちゃいました。聞いてくださって、ありがとうございます」

すかさずオジイが、ダブルGood!のポーズをくれた。
みんなが拍手までしてくれた。


やや間があって、「私からも、少し語っていいですか?」と田辺が言った。

語り過ぎかなと思っていたので、佐々木には調度良かった。
「どうぞ、どうぞ」と、田辺に向かって手を添えて言う。

田辺は語り出した。

「実は私は、ガンなのです。それも末期ガンで、医者からは余命3か月と言われました。
 それが、先月のことです。
 ……もし、医者の言う通りになるのなら、私は、あと2か月の命です」

田辺の声は、小さい。
しかし、ちゃんと声は届いた。耳を通り、胸にまでちゃんと届いている。

田辺の声に悲壮感はなかった。だからなのか、神聖な空気になりつつも、決して暗い雰囲気にはなっていない。

ロウソクの炎がゆれた。
風が、木々の葉を、そ~っとゆらした。

誰もが何も言わずに、田辺の言葉を待った。

「私の胸の中には、もっとやりたいことを、やれば良かった。
……という後悔ばかりでした。
 私は、医師の勧める延命治療を断って、ここに来ました。
たった3か月でも構わないから、やりたいことをやると決めたのです。
 この一人旅も、その、やりたいことの1つだったのです。
 ……。
 宮古島に来て、本当に良かった。
 空も海も美しく、魚もマンゴーも、信じられないほどに美味しかった。
 ……体験に勝るものはありませんね。
 みなさん……、どうか、やりたいことをやってください。
 3か月は短い。
 命が、あと3か月しかないなら、みなさんは何をしますか?
 ……時には、そんなふうに、考えてみてください。
 私のように、後悔しないために。私からの老婆心です」

オジイは、今回はGoodポーズを出さなかった。
かわりにオジイは、夜空を見上げた。

田辺も夜空を見上げる。
佐々木も空を見た。美しい星空だった。

ひまりは立ち上がり、田辺の隣に移動しベンチに腰掛けた。
田辺と目が合う。
ひまりは、田辺にハグした。
「ぎゅっ」と抱きしめる。

ためらいのないハグだった。

佐々木は、ひまりの心を見た。
美しいと思った。

田辺が言った。
「東京に帰ったら、今度は、妻と一緒に、北海道に行きます」

ひまりの顔が、田辺の頬から離れた。

「ラベンダー畑を、前から一度、見たかったんです」

田辺は、涙を浮かべてさえいなかった。
宮古島の海を見て号泣していた田辺なのに、ひまりのハグには涙を浮かべない……。

涙の代わりに田辺が浮かべているのは、穏やかな笑みなのだ。

残り3ヶ月の命なら、僕は何をする?
佐々木は、しばし考えたが、答えは出そうになかった。



その3へ つづく


※この記事は、エッセイ『妻に捧げる3650話』の第1518話です
※僕は、妻のゆかりちゃんが大好きです


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