紫式部日記第113話宮中盗賊事件(2)

(原文)
御厨子所の人もみな出で、宮の侍も滝口も儺やらひ果てけるままに、みなまかでにけり。手をたたきののしれど、いらへする人もなし。御膳宿りの刀自を呼び出でくたるに、
 「殿上に兵部丞といふ蔵人、呼べ呼べ。」
と、恥も忘れて口づから言ひたれば、たづねけれど、まかでにけり。つらきこと限りなし。
 式部丞資業ぞ参りて、所々のさし油ども、ただ一人さし入れられてありく。人びとものおぼえず、向かひゐたるもあり。主上より御使ひなどあり。いみじう恐ろしうこそはべりしか。納殿にある御衣取り出でさせて、この人びとにたまふ。朔日の装束は盗らざりければ、さりげもなくてあれど、裸姿は忘られず、恐ろしきものから、をかしうとも言はず。

兵部丞:紫式部の弟

(舞夢訳)
宮中の料理人の男性たちは皆出払っていて、中宮様を警備する係も、滝口の警備係も追儺の儀式後すぐに全員帰ってしまったので、手を叩いて大きな声をあげるけれど。何も返事がない。仕方なく配膳係の刀自をを呼び
「殿上の間に兵部丞と言う蔵人がおりますので、呼んで呼んで」
と、恥ずかしい思いも忘れて、お願いしてしまった。刀自に探してもらったけれど。既に帰ってしまったとのことで、実に情けなくて辛くて仕方がない。
しばらくして、式部丞資業が参上して来て、所々の灯火を一人で点けて回りました。
(ようやく目が見えるようになると)女房達は、うろたえて顔を見合わせているものもあります。
帝から中宮様にお見舞いの使者が来ました。とにかく実に怖いことでありました。
(中宮様は)納殿にある衣装を取り出させて、(衣装を剝ぎ取られた)二人に賜れました。それでも正月のための衣装は盗まれなかったので、大事には至らなかったけれど、私はあの裸の姿が忘れられません。恐ろしいことではあるけれど、滑稽にも思える。しかし、口に出すべきでもない。

紫式部の時代の宮中の警備が、実際はどうだったのか。
盗賊に入られた以上は、手落ちがあったのだろう。
この程度で良かったと思うか、恐ろしく思うべきか、なかなか難しい。
ただ、警備が進んでいるはずの現代日本でも、最近皇居侵入事件があったとの報道を見た。それを思うと、簡単には批判ができるものではない。

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