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二人妻(3)堤中納言物語から

「絶対迎えに来る」
男は、昔からの女に、そう言い切って平城京に戻った。
しかし、そうかと言って、あの女を娶るなど、まず両親や口やかましい親戚たちが許すとは思えない。
良い縁組をすること、有力者の家門に連なることが、何より跡取りとしての大切な責務なのだから。
仕事の実力よりは縁戚関係が重きをなす官僚社会の現実は、やはり重い。
男は、どうしようもない落胆を抱えながら、再び写経所で仕事をするようになった。


上役の娘との婚儀の日も少しずつ迫って来た。
男しては、「婿君」として嘱望された以上、上役一家の期待にも応えなければならない。
しかし、上役の娘本人に会う気持ちにはならなかった。
男の本心としては、あくまでも周囲の期待のための婚儀であり、事前に逢ったところで、どうなるものでもない。
また、上役も男の来訪には応えるものの、「あくまでも婚儀の日に」と言い張り、決して娘を男に逢わせようとはしなかった。
そんな日々がしばらく続き、明日香の里に引きこもってしまった昔の女へは、文も送らなくなった。
もちろん、明日香の女からの文などは、望むべくもない。

婚儀もあと一週間という時になり、上役の娘の乳母から、文が届いた。
上役の娘本人からではない。
娘の日々の世話を焼いている、乳母からだった。
乳母の文には、「婚儀が一週間も前というのに、まだ顔を見ていないと、当の娘が心配している」と書いてあった。
そして、その文の中に、極めて幼く乱雑な文字で、「一度でも、お逢いしたい」と書き添えてある。

男は、書き添えた文字は、娘本人の字だと思った。
結婚する相手は、事前にお逢いしたいとのことらしい。
「・・・婚儀が決まっている以上、こちらから断ることもない」
「しかし、この文字は、こんな幼い、乱雑な文字とは・・・実は子供なのか?」

男としては、どうしても、婚儀をする相手を確認したくなった。
「婚儀を約束した間柄だ」
「突然、伺ったほうが、本当のことがわかる」

そして、従者を一人だけ連れ、いきなり娘の所に出向いた。

しかし、突然の婿君の来訪を受けた、上役の家では、大騒ぎになってしまった。
上役の家では、今まで、男には知らせていなかった「娘の特別の事情」があったのである。

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