よしなしごと(完)
「さて、それでは、出発するといたしますが」
「まだまだ、必要なものはありまして」
「そうですねえ、せめて足鍋を一つ、長ムシロを一枚、タライ一つは必ず必要なのです」
「それから、これを貸してくれる場合には、信頼できないような怪しい人には渡してはいけませんよ、私が使っている童の、大空の陽炎と、海の水泡という二人の童に渡してください」
「出発する所は、風がよく吹く原の上の方で、天の川の川辺の近くでカササギの橋のたもとになりますので、そこに必ず送り届けてください」
「これがないと、天に昇ることが出来ないのですよ」
「世の中の情けですとか、それをしっかりと理解なされている貴方様は、これらを探して、お貸し願います」
「私は、僧侶という身分ではありますが、まだまだ、この世は憂うべきものと考えております」
「ですから、どうか、この私と同じ心をお持ちになり、急ぎのご対応をお願いします」
「しかしですね、こんな手紙は、決して他人には見せないでください」
「なんと欲張りな、と見る人がいると恥ずかしいのです」
「それから、お返事も、空にいただきたい」
「これも恥ずかしいので、他人に見せてはなりませんよ」
と呆れることが書き連ねてあって、最後に
「まあ、退屈でしたので、こんなつまらない手紙を書いてしまいました」
「貴方と、高位の僧侶のお話をお聞きしましたので、不思議に思って」
「風の音、鳥のさえずり、虫の音、波の打ち寄せる音に、ただ、たわむれを添えて、貴方様に申し上げたのです」
(完)
※馴染みの仏弟子(両親に大切に育てられた娘)を、自分より高位の僧侶に「隠れ妻」とされてしまって、その上、高位の僧侶の旅支度まで用意していることを聞き、それに対する「嫉妬」か「戒め」か。
手紙を強引に見てしまって、その上、とんでもない要求をツラツラと書き、最後に「退屈まみれ」と、どんでん返し。
何より手紙の内容が面白い、呆れてケラケラと笑ってしまうようなデタラメな書きっぷり。
こういう話があるから、日本の古典は面白い。
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